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第二章<シルドーリンの宝玉> 第二場(2)

 プルメールへと向かう山道を下りながら、ローイは、やたらとペラペラしゃべりまくったり、時々ふっと黙りこんだりを繰り返していた。彼も、生まれてこのかた住み慣れた村を出ることで、彼なりに感傷的になっていたし、それに、どういうわけか、振り払っても振り払っても、ヴィーレの顔が頭に浮かんでしまうのである。

 アルファードだけでなくローイまでも行ってしまったと知ったヴィーレは、今ごろ、泣いてはいないだろうか。

 そう考えてローイはそっと首を振る。

(ええい、うっとおしい。俺はこれから都に行くってのに、なんだってあんなドンくさい田舎娘の顔なんて思い浮かべなきゃならないんだ。だいたいヴィーレは、もう、俺とはなんでもないんだぞ。ヴィーレが泣いているとしたら、それは俺じゃなくてアルファードのせいなんだ。ここでヴィーレの顔を思い浮かべて、なんだか気が咎めたりしなきゃならねえのは、俺じゃなくてアルファードだろうが!)

 ローイは、黙って前を行くアルファードの広い背中を睨んだ。

 ふたりは、ティーティが短剣を持ってきたあの朝、ヴィーレのことでさんざん言い争ったのである。

 アルファードが村を出ていくことについてひとしきり口論したあと、ローイはこう言って、ヴィーレのことを持ち出したのだ。

「アルファード。あんた、逃げるんだな。ヴィーレはどうなるんだ。あんたが、そんなふうにはっきりしないまま、この村やヴィーレから逃げ出していったりしたら、ヴィーレは何年でも、ばあさんになっても、あんたを待ち続けるぜ」

 アルファードはむっつりと、こう答えた。

「俺はヴィーレに、待てと言った覚えはないし、ヴィーレにそんなふうに思わせるような態度をとったことは一切ない。だいたい、ヴィーレはお前の許婚だろう」

「それはいつの話だよ。そんなの、大むかしの話だろ」

「だが、ヴィーレは今でもお前を忘れていない。それなのにお前は、いつもいつもヴィーレをほうっておいて、あちこちの娘たちを口説いて回っているから、ヴィーレだってお前のところへ帰りたくても帰れないんだ。ヴィーレがずっと俺のそばにいるのは、お前に連れ戻しに来てもらうためなんだぞ」

「……ヴィーレがそう言ったのかよ。そうじゃねえだろう」

「ああ、ヴィーレは、そんなことは口に出さない。そういう娘だ。だから、わかってやって欲しいんだ。ヴィーレは俺の大切な妹のようなものだ。これ以上、ヴィーレを泣かせるような真似はするな」

「俺は泣かしてないぞ。あんたが泣かしてるんじゃねえか。そんなにヴィーレが大切で心配なら、あんたが村に残ってヴィーレを貰ってやればいいだろう」

「俺は、村にいたって、ヴィーレとは一緒になれない。ヴィーレには、先祖代々の畑を耕してくれる婿が必要なんだ。俺に百姓ができないのは、お前だって知っているはずだ」

「そりゃあ、ひとりじゃ、できないだろう。でも、ヴィーレとふたりでなら、出来るんじゃないか? あんたは、魔法は使えなくても立派な身体してんだから、畑を耕すのにはそれで充分だし、虫除けや水撒きが必要な時はヴィーレがやってくれるさ」

「……そうして一生、ヴィーレの助けを借りて生きるのか」

「助けって、あんた、夫婦が助け合うのはあたりまえだろうが。一人でなんでも出来るんなら、最初から結婚する必要ないだろ。あんたさ、案外、依怙地だよな。なんていうか、気位が高過ぎるんだよ。何でも自分一人で、それも、人よりうまくやろうと思うからいけないんだ。魔法が使えなくたって、ほんとうは、あんたはちゃんと何でもやっていけるんだ。必要なところで他人の手を借りる勇気さえありゃあな」

「……お前に何がわかる。お前は、なんでもできるから、そんなふうに言うんだ。十何年も、世界でただ一人魔法が使えない男でありつづけてみれば、お前だって意地を張りたくもなるだろう」

「そりゃ、まあ、そうかもしれないけどさ。だけど、ヴィーレも、ヴィーレの親たちも、あんたに魔法が使えなくたって気にしないと思うぜ」

「ローイ。お前は、そんなに俺とヴィーレをくっつけたいのか?」

「いや、別に、そういうわけじゃないけどよ……」

「ローイ。たとえ百姓ができても、俺は、ヴィーレと一緒になるわけにはいかない。俺はヴィーレを妹のようにしか思っていないし、ヴィーレは今でも、心の底では、お前を想っている。だから、ローイ、お前が、ヴィーレを幸せにしてやってくれ」

「……そうか、そういうことか。あんたはリーナを選ぶから、余ったヴィーレは俺への置き土産にくれてやろうってわけだな。あんた、自分がいなくなれば、都合よく俺とヴィーレがくっつくだろうと考えやがったわけだ。たしかに、俺たち、いつまでもこのまま仲良し三人組ってわけにゃあ、いかなかったもんな。いつかは決着をつけなきゃならない時がきただろう。その時あんたは、たぶんヴィーレを泣かせることになる。あんたはそれが怖くて、自分が出ていくことで、そういう修羅場を避けようと考えたんだ。そうだろ?」

 黙り込んだアルファードに詰め寄るようにして、ローイは更に言い募った。

「あんた、それは卑怯だぜ。あとのことは知らねえってか。ものごとが何もかもあんたの思惑どおりにいくと思ったら、大間違いだ。少なくとも、俺は、あんたの思惑どおりになんかならないぜ。あんたが、いらないからって回してくれた余り物なんか、俺がありがたく頂くと思うか?」

「そういう言い方は、ヴィーレに失礼だ」

「あんたのほうが、よっぽど失礼だよ。ヴィーレに気が無いんなら、はっきりそう言ってやれよ。そうすれば、俺じゃなくても、あいつはあれで、けっこう隠れた人気があるんだ。ただ、みんな、あんたが目を光らせてるのが怖くてヴィーレに近付けなかっただけでさ」

「俺は別に目を光らせてなどいない」

「あんたにそのつもりがなくても、みんなは、そう思ってたぜ」

「誤解だ」

「とにかく、あんたが出ていくことについては、あんだけ言っても無駄なら、もう言わねえが、でも、これだけは言っておくぞ。あんた、ヴィーレの幸せを願うなら、出ていく前に、はっきり言ってやんな。『俺は帰らない。お前じゃなく、リーナを選ぶ』って」

「なんでそんな嘘をつく必要がある」

「嘘って、あんた、そういうつもりじゃねえのか?」

「別に俺は、ヴィーレとリーナのどっちを選ぶとか選ばないとか、そんなつもりは、まったくない。それに、俺とリーナは、まったくそういう間柄じゃない」

「あのさあ……。あんた、もしかして、コレ、かあ?」

 ローイが、この世界でホモを意味するゼスチャーをして見せたので、アルファードは思わず力が抜けて溜息まじりに答えた。

「……おい、どこからそういう突拍子もない発想が出てくるんだ」

「だってさあ……。そういうウワサ、昔からあるんだぜ。いや、俺は、信じてなかったけどな」

「なんでまた、そんな素っ頓狂な話になってるんだ……」

 アルファードは、額に手を当ててうめいた。

「あんたが、いい年して、まるで女っけがなかったからさ。ヴィーレだって妹扱いしかしないしさ。特に、リーナがきてからは、ますます言われてるぞ。だって、あんたら、どう見たってヘンだもん。リーナがあんたに惚れてるのは、一目瞭然なのにさ」

「……たしかに、リーナは俺のことを慕ってくれているが、それは兄のように父のように思いなして懐いてくれているだけだろう」

「うん、その点についちゃあ、俺も同感だけどよ。でも、他のやつらは、あんたらのことを俺ほどよく知らないから、『ありゃあ、どう見てもヘンだ、今まで冗談半分で噂してきたけど、もしかしてアルファードは本当に噂通りのコレだったのか』って話になってるんだよ」

「興味本位の下卑た勘ぐりは迷惑だ。俺とリーナは、みんなが勘ぐるような、そういう関係じゃないんだ」

「だから、そういう関係じゃねえのがヘンだって言われてるのさ」

「そんなことは、俺たちの勝手だ。まわりにとやかく言われるようなことじゃない」

「そりゃ、そうだけどなあ……。それじゃあリーナは、あんたの何なんだ?」

「何だと言われても、困るが……。俺は、行き倒れていたリーナを見つけて、リーナには他に行くところもないから家に置くことにした。それだけのことだ。俺がじいさんに拾われて、ここに住むようになったのと同じだ。それで俺とじいさんが結婚しないから変だなどとは、誰も言わなかったぞ」

「あたりまえだ、この大バカ! まじめな顔してすっとぼけたこと言って話をはぐらかそうったって、そうは行かないぜ。じゃあ、何か? あんたはただ、リーナが自分の仕事の役に立つから連れてって便利に使ってやろうと思っただけか?」

「俺がリーナを使うんじゃない。俺とリーナは、対等にコンビを組むんだ」

「ああ、ああ、対等だろうよ。あんたとミュシカがそうなのと同じくらい、な。あんた、そういう下心があったから、リーナが魔法を消さずにいられるだけじゃなく、自由に消すこともできるよう、あんなにしつこく練習させてたんだな」

「いや。俺は彼女のためを思って……」

「ふん。そりゃあ、あんたの役に立つ人間になるのが、リーナがこの国で飯を食っていく早道だろうからな。でもなあ、言っとくが、いくらあんたがリーナを助けたからって、リーナを好きなように連れ回していいわけはないぜ」

「俺は一方的にリーナを引っ張り回そうとしているわけじゃない。リーナには、対等な人間として話を持ちかけ、納得してもらったんだ」

「あんたの『対等』は、いつも口先だけさ。リーナも可哀想にな。あんたに、いいように持ち物扱いされてさ。まるでお礼奉公だよな。……あんたはさ、何だかんだと言い訳しちゃいるが、結局のところ、やさしそうなふりして、リーナもヴィーレもいいように利用してるんじゃねえか。あんた、世の中で自分だけが偉くて、あとのやつは自分の思い通りに動かせるコマかなんかで、何でも自分だけで決めていいと思っているんだろ。だいたい、そうでなきゃ、こんな大事なことを決めるのに、あんたの一番の友達のはずの俺にさえひとことの相談もないなんてこと、あるか?」

「だから、それは、悪かったと……。何しろ、リーナにもゆうべ初めて話して……」

 こうして話は降り出しに戻って、結局その後、彼らはケンカ別れしたのだ。

 今、そのことを思い出すと、ローイは、また、腹が立ってくる。アルファードは、今になっても、まだ、ローイに向かって、『ヴィーレはどうするんだ』などと言うのだ。

(たしかに、アルファードが春になっても戻らないとなりゃあ、村中のやつが、よってたかって俺とヴィーレをくっつけようとするだろう。ヴィーレも、そのうちに、家のことを考えて俺と一緒になろうとするだろう。でも、俺は、ごめんだぜ。内心じゃまだアルファードのことを想い続けているヴィーレと結婚するなんてさ。だいたいヴィーレなんて、他の男を想っているのを承知で、それでもありがたがって一緒になっていただかなけりゃならないってほどの、そんなたいそうな女じゃねえさ。俺、百姓はいやだしさ。あの村にいたら、俺の将来なんか、決まり切ってるもんなあ。ひそかにアルファードを想い続けているヴィーレの婿になって、少しばかりの畑だの羊だのを守って、日がな一日、土にまみれて野良仕事をして、そのうちおいぼれて死ぬんだ。なんにも面白いことなんか、ありゃあしない。ちくしょう、俺は行くぞ! ヴィーレはヴィーレで、なんとかするだろうさ!)

 ローイは、足元の雪を長靴の先で蹴り飛ばして、青空を見あげた。

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