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第一章<エレオドラの虹> 第十場(4)

 そのうち、宴会が進み、みなが酔っ払うにつれて、話題は、毎回お定まりの思い出話にたどりつく。

「でもよお、あんときは、面白かったよな! イルベッザでさ!」

「そうそう! カーデとかシゼグとかが、軍の巡回警備の連中にしょっぴかれてな。アルファードが、さんざん頭下げて、説教くらって、釈放してもらってよ」

「なんだよ、俺らのことばかり悪者にするなよ。たまたま俺らがつかまったってだけで、お前らも充分暴れて、店のもん、いろいろぶっこわしたじゃないかよ! あとでアルファードが、賞金で弁償したんだぜ。だいたい、例の野郎の腕を折ったの、お前だろうが」

「そうともさ! いやあ、あんときは、すっとしたよ! あの、町の青びょうたん野郎ども、俺達を田舎者だと思って、バカにしやがってよ!」

「いやあねえ。男って、野蛮よね! 要するに、あんたたちみんなが、悪いのよ! アルファードがどれだけ迷惑したと思ってるの?」

「ヴィヴィ、お前はいつでもうるせえんだよ! そんなことじゃ、ディードに愛想つかされるぜ!」

「なんですって! おおきなお世話よ!」

 彼らは、この、イルベッザの思い出話を、宴会のたびにあきもせず、繰りかえすのである。

 それは、アルファードが武術大会に出場したときのことで、農閑期だったこともあり、その時彼らは、なけなしの蓄えをはたいて、馬車を連ねて応援に繰り出したのだった。彼らにとって、そうでもなければ一生訪れることもなかったかもしれないイルベッザの都をアルファードのおかげで見物できたというだけで、すでにアルファードは英雄なのである。

 ところが彼らは、そのイルベッザで、町の若者たちと一悶着起こして乱闘騒ぎをやらかしたのだ。

「とにかく、もとはと言えば、あっちが悪いんだぜ! 俺達のアルファードに難癖つけやがって! なにが、どうせ八百長だろう、だよ。とんでもないいいがかりだよなあ」

「そうだ、そうだ! あいつら、どうせ、あの決勝戦の相手に賭けてたんだぜ。そうに決まってる」

「そうだよなあ。あの男、岩みたいなすごい大男だったもんなあ。あれとくらべれば、アルファードなんて、まるでほっそりして、華奢に見えたもんだ。誰だって、あっちに賭けらあな。でもアルファードは、勝ったぜ! 技の正確さが段違いだったもんな」

「そうそう。アルファードは動きにも体格にも無駄が無いんだ。都のやつら、みんな、技を見る目が無いから、見てくれに騙されたのさ。筋肉なんて、あればあるほどいいってもんじゃないのに、あいつらの目は節穴だね」

「まったくだ。まあ、そのおかげで、俺達みんな、儲けさせてもらったけどな!」

 武術大会では、賭は御法度なのだが、こっそり、というより、おおっぴらに禁を犯して賭をするものは、当然ながら跡を絶たない。むろん、彼らも賭けたわけだ。

 アルファードの決勝戦の相手は、筋肉隆々の体躯をごつい防具でさらに膨れ上がらせた、身長二メートルはゆうにありそうな大男で、普通なら持ち上げることもできないだろうというほどの幅広の大剣を丸太のような腕で軽々と振り回して見せて満場の歓声を浴びており、しかも、単なる力自慢のでくのぼうなどではないことはこれまでの試合で十分披露済み、対するアルファードは身長百八十センチ台、引き締まった無駄のない体格は普段は十二分に逞しく見えるが、相手の大男と向かい合うと、まるで軽量級の小兵こひょうに見える。

 その上、粗末な羊毛の普段着に、いかにも借り物らしい革の胸当てという軽装、体格に不釣合いで見映えのしない小振りの剣とくれば、それまでの試合で一見貧弱なその剣をいかに巧みに扱うかが実証されていてさえ、やはりとても勝ち目がありそうには見えなかったから、この試合でアルファードに賭けた慧眼の少数派は大儲けしている。その分、負けてくやしがっていたものも多かったのだ。

 決勝戦に上がって来るまでも、アルファードの試合はあまりに簡単に勝負がついて派手な見せ場もないあっけないものが多く、実はそれは双方の力量にそれだけ圧倒的な差があったからなのだが、その無駄な動きのない剣捌きの鮮やかさを見抜けない素人にはただ相手が弱かっただけのつまらない試合に見え、彼は単にクジ運が良くてまぐれで決勝戦まで来られたのだと思われていたから、その彼が、派手な流血戦を勝ち抜いて来た迫力満点の大男をあいかわらずの一見地味な試合展開で破るのを見て、試合直後には、酒と興奮で目が曇ったままに、賭けに負けた腹いせもあって八百長だなどと喚き出す者までいたのである。

 そういう愚か者たちも、多くは、後で頭が冷えてから、剣技を見る目のあるものたちの試合評を聞いて納得し、自分の浅薄な空騒ぎを恥じることになったのだが、その夜はまだ興奮も冷めやらず、あちこちの酒場で似たような小競り合いがあったらしい。

「それにさあ、あいつら結局、血を見たかったんだぜ。それで欲求不満だったんだ。なんたって我等がアルファードは、誰にも一滴も血を流させずに勝ったもんな。それだけ技が確かだってことだよな。それをあいつらは、自分らの野蛮な期待をアルファードが満足させてくれなかったってんで逆恨みしてたんだ」

「でもあいつら、結局望み通り、たっぷりと血を見られたわけだよな。自分の鼻血をよ!」

「鼻血だけじゃないぜ! 俺はもっと血を見せてやったぜ!」

「カーデったら、何、自慢してんのよ! だから、しょっぴかれたんじゃない! ほんとにしょうがないったら」

「なんだよ、ヴィヴィ。おまえはいちいちうるせえんだよ。このじゃじゃ馬!」

「言ったわね、なによ! あんたなんか、こうしてやるっ」

[痛てっ、何すんだよ!」

 たちまち始まった派手な掴み合いに、隣席の若者が慌てて止めに入った。

「おい、カーデ、ヴィヴィ、やめろ、やめろってば。ディード、めろよ。お前の女だろう」

「おう、そうだぜ! おい、カーデ、俺の女をじゃじゃ馬とはなんだ! よくも言ったな!」

「こら、ディード、お前までいっしょにケンカしてどうすんだよ。やめろってば」

めるなよ、ナーク。こいつが先に俺の女を侮辱しやがったんだ。外へ出ろ! 決闘だ!」

 そこへ、それまで既にほとんど忘れられて隅の寝台で無言でゆっくりと酒を飲んでいたアルファードが、彼一流の、低いが妙に逆らいがたい声で言葉をかけた。

「おい、ケンカはよせ」

 たった一言だったが、それだけで酔っ払いたちは、夢から覚めたようにしゅんとおとなしくなった。

「まったく……」

 アルファードはつぶやいて、また、ゆっくりと酒を飲み始める。

 彼がいれば、あのときも、乱闘になどならなかったはずなのだ。だが、イルベッザ城での表彰会を早目に抜け出したアルファードが約束の酒場に駆け付けた時には、すでに数人が市中警備の部隊に連行された後で、残った連中も、すっかり酔っ払たり怪我をして動転したりしていて、ただうろたえるだけでまるで話にならず、結局アルファードが一人で事後処理に奔走するハメになったのだった。

 彼らが説教だけで釈放してもらえたのは、ひとえに、アルファードがその日の市民の話題をさらった新しいチャンピオンその人だったおかげだろう。

 連行した酔っ払いを引き取りに来た若者が例の大評判の新しいヒーローだと分かると、そこに居合わせた役人たちは仕事そっちのけで大喜びで握手を求め、形ばかりの説教のあと彼らを引き渡してくれたのだ。特に、その場の責任者だった士官が、職業軍人の確かな目でアルファードの剣の腕を見抜き、この、田舎からぽっと出の無名のダークホースに大枚を賭けて大儲けしていたのも幸いしたのかもしれない。

 この自警団は、活動中はびしっと統制がとれているのだが、ふだんは対称的に野放図な連中なのだ。地域によっては、自警団の規律が非常に厳しく、日常生活に於ても団長や先輩団員には敬語を使って絶対服従という方針を取るところにもあるが、アルファードはそういうやりかたをしないで、それでもどこよりも強い自警団を育ててきたのである。

 アルファードに一喝されて一瞬おとなしくなった酔っ払いたちは、すぐに何事もなかったように思い出話の続きを始めた。

「そいで、次の日、みんなで買い物したじゃん。やっぱ、都は、モノの量も種類も、プルメールあたりとは大違いだよな」

「そうそう! あたし、あのとき買ったリボン、宝物にしてとってあって、もったいなくてまだ一度しかつけてないのよ」

「あたしは、あのとき買ったレースを、結婚式のベールにするって決めてるの!」

「でもさ、ローイが買ったマントは、すごかったよなあ」

「ああ、あの、ド紫のやつ! よくあんな悪趣味なもの見つけたよな。信じらんねえ!」

「おい、今、誰か、俺のマントにケチをつけなかったか? 聞こえたぞ!」

 別の一団にいたローイが、振り向いて大声をあげる。

「ああ、ケチをつけたとも。あんなもの着て、よく恥ずかしくねえなあ」

「ああ、嘆かわしい! お前らみたいなダサイ田舎者には、俺の都会的なセンスは理解出来ないんだな。ああいうシャレたもんは、このへんじゃちょっと手に入らないぜ」

「都会的ったって、俺は都でも、あんなマントを着ているやつは一人も見なかったぜ」

「そういう、誰も着ていないようなものを着るのが、いいんじゃないか! 俺はあれを探すのに、すごく苦労したんだ」

「やっぱり都でも、あんなものあれ一枚しか売ってなかったんだぜ、きっと。あんなの着るバカ、ローイしかいねえもん」

「そうなんだよ! この村の連中もイモばっかだが、都の連中もダメだ! この国全体がファッションにかけちゃ百年は遅れてるのさ! あと百年たってみろよ。みんなが俺みたいな格好をするようになるぜ」

「なるもんか。そうなったら、世も末だ」

「そうよ、そうよ」

 そんな思い出話には加われない里菜も、それでも楽しく話に耳を傾け、楽しい時を過ごしたのだった。

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