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第一章<エレオドラの虹> 序

 (――引用――)

 古代の聖地エレオドラさんの麓の村々の中でも、特にこのイルゼール村には、古いエレオドリーナ女神信仰が色濃く残されている。

 たとえば、この村では、家畜の出産に際してその家の女性――主に未婚の少女――が女神の祠に花輪などの供物を捧げる風習がある。また、妊婦や妊娠を望む女性が女神の祠に参拝して、妊婦の姿を連想させる瓢箪ひょうたんを奉納するという、都市部ではすでにほとんど見られなくなった古風な風俗も未だすたれてはいない。

 この村には、上古から連綿れんめんと続く女神の司祭の家系があり、さまざまな宗教行事を守り伝えている。司祭の家は、村の他の家と何ら変わるところのない農家であるが、代々、その家の最年長の女性が女神の祠を祀り、秋の村祭りには、祠の前で儀式を執り行ってきたのである。


……中略……


 また、このイルゼール村は、よく知られているように、すべての<マレビト>の出身地である。

 <マレビト>という呼称も、もともとは、この村の古い方言で、すなわち、『珍しい客人』と言うような意味だという。

 世界中でただ一か所、この村にだけ、ごくまれに現われる異世界からの客人を、村の人々は、伝統的に、村に恵みをもたらす幸運の使者として尊び、手厚くもてなしてきた。そして<マレビト>たちは、彼らのみが異世界からこの世にもたらすことのできる<本物の魔法>の力を以てその歓待に応え、ある時は村を日照りや水害から救い、またある時は、<統一>前の戦乱の世にあって、歴史の表舞台にもいくたりか足跡を残してきた。この国の<統一>に大きな役割を果たした伝説的な名軍師ユーディードもまたこの村出身の<魔法使い>であったという歴史的事実は、あまりにも有名である。


……中略……


 村では、<マレビト>のことを、また、<女神のおさな子>とも呼び習わしている。

 女神の司祭をつとめる老婦人の話によれば、<マレビト>は、エレオドラ山に源をもつエレオドラ川を、小舟に乗った赤子の姿で流れてくるという。そして、必ず、村はずれの<女神の淵>(前述の祠のある場所である)の淀みで岸に流れ着き、そこで赤子は、大人または少年の姿に変わり、小舟はそのまま流れ去る。

 彼らは、女神が村のために遣わした、女神の御子であるという。

 最後の<マレビト>であるユーディードの訪れからすでに百六十年以上の時が流れた現代にあっても、村人たちは、<マレビト>の出現への期待を忘れてはいない。上古の伝統がひっそりと生きるこの村で、女神の御子の再びの訪れを、今も彼らは、静かに待ち続けているのである。


――『エレオドラ地方の神話と民俗に関する調査報告書』(イルファーラン国立研究所主任研究員ユーリオン著 統一暦百五十三年発行)より。

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