お遊び番外編:大宴会! その1.ヴィーレのクッキー
『食事をおいしそうに描写するだけ』が趣旨のオンライン小説競作企画『大宴会!』(終了済)参加作品です。本編でいえば第一章半ばごろの設定です。
「ヴィーレ、お待たせ!」
美しい彩色を施した小箱を胸に抱えた里菜は、先に待ち合わせ場所に来ていたヴィーレに駆け寄った。
今日は楽しい大宴会。
某所で誰でも参加できる大宴会が開かれると聞いた里菜は、ローイとヴィーレとアルファードを誘い、それぞれ手土産を持って参加することにしたのだ。
つつましいながらもこぎれいなよそ行きに身を包んだヴィーレは、いつもよりさらに愛らしくて、里菜はなんだかふわっと幸せになった。子供の頃、お出かけのときにいつもよりきれいにしているお母さんを見るのが無性に嬉しかった、そんな気持ちを思い出す。
が、里菜の目はすぐに、ヴィーレが腕に抱えた大きな籠に移り、そこに釘付けになった。
「ヴィーレ、それ、クッキーよね、ね?」
里菜は物欲しそうに、籠の上にかけた清潔な布の端をめくって中を覗き込み、ふんわりと立ち上る甘く香ばしい香りを深く吸い込んだ。
「う~ん、いい匂い! ヴィーレのクッキーは最高よね」
「うふふ、ありがとう。今日は普通のと木の実入りのと香草入りのと3種類焼いてきたのよ」
「わあ! ねえ、ねえ、一つ味見してもいい?」
「ひとつだけね。何がいい?」
「えっと、じゃあ、普通の」
「はい、あ~ん」
ヴィーレは、こんがり焼けた一口サイズのクッキーをひとつ、籠からつまみ出し、雛鳥のように開けた里菜の口に優しく押し込んだ。
程よく焼き色のついたクッキーが、さくっと砕けて、ふんわりした甘さとバターの香りがたちまち口いっぱいに広がる。
さくっ、さくっ、もぐ、もぐ、もぐ……。何度か噛むと、里菜は口の動きを止めて、しばらく、舌の上でほろほろと崩れていく生地の感触を楽しんだ。
それから、目を閉じてゆっくりと飲み下し、しばし甘い余韻に浸ってうっとりと呟く。
「ああ、幸せ……。ヴィーレのクッキーって、幸せの味がする……」
「うふふ、そう? 幸せの味だなんて、リーナってば、面白いこと言うのね」
「うん、初めてヴィーレのクッキー食べたときね、幸せってこういう味がするんだなあって、思ったの。あたし、それまでクッキーなんて好きじゃなかったんだけど」
「あら、どうして?」
「だって、なんか、モソモソして……。それにね、あたし、なんだか、食べることが好きじゃなかったのよ。めんどくさかったの。何で人間は食べ物食べなきゃいけないんだろう、食事なんかしなくて良ければもっと時間が有効に使えるのにとか思ってた。飲むとおなかがすかなくて栄養が取れるお薬とかで食事が済ませられちゃえば楽なのにって。あ、でも、今は違うのよ。アルファードが作ってくれたハチミツ入りのおかゆとか、ヴィーレのクッキーとか食べたらね、なんか、ああ、『食べる』って幸せなことなんだな、優しいことなんだなって思って……。うまく言えないんだけど、食べ物に入ってる、栄養で無い何かが、あたしの栄養になってくれるような気がしたの」
里菜はしみじみと呟いた。そうしながらも、目は、物欲しそうに籠に注がれたままだ。