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クリスマス&ニューイヤー番外編『ヒーローになれなくても』

クリスマスとお正月を一緒にしたようなイルファーランのお祭り『冬至の火祭り』を舞台にした、クリスマス&ニューイヤー短編です。

7歳の頃のローイとヴィーレのお話。

「そう、残念だったわね……」

 冬の初めの灰色の空を見上げて、ヴィーレは呟いた。

「うん……」

 ローイは悄然と頷く。

 ヴィーレとローイは共に七歳。親が決めた許婚同士だが、二人の仲がよいのは、そのせいだけではない。もともと二人の仲が良かったこともあって親同士が婚約を決めたというほどの、ほほえましい小さな恋人同士である。

「ちぇっ、ナークなんかより俺のほうが絶対うまく<幼な子>の役を出来るのにさ」

 いまいましげに言って足元の小石をけったローイを、ヴィーレは優しく慰めた。

「そうね。でも、しょうがないわ。くじびきなんだもの」

「そうだけどさ……。あーあ。俺はもう、ぜったい、一生、<ドラゴン退治の幼な子>には、なれないんだよ。だって、冬至の火祭りは来年も再来年もあるけど、俺が七歳の火祭りは今年だけだもん」

「でも、シゼグは八歳のときに<幼な子>をやったわよ」

「だって、それは、去年、七歳になる子がカーデ一人しかいなくて、カーデが木から落ちて足を折ったからだよ。だから、前の年に選ばれなかったシゼグが代わりに選ばれたんだ。でも、来年七歳になるヤツは、三人もいるんだぜ。ぜったい、むりさ」

 冬至の火祭りのハイライトの一つである聖劇で、女神の御子である<ドラゴン退治の幼な子>を演じることは、村の小さな男の子たちの憧れだ。

 古くから村に伝わる冬至の聖劇は、<幼な子>と呼ばれる童形の英雄がドラゴンを退治するという単純な筋立ての、短い無言劇である。額に銀の星のついた飾り輪を嵌め、純白の衣装に身を包んだ<幼な子>は、作り物の『聖剣』を振りかざしてひとしきりあどけない剣舞を演じた後に、大人たちが操る張りぼてのドラゴンを、あっけなく退治するのだ。

 ドラゴンは、自然の猛威や疫病、戦乱などのあらゆる凶事の象徴であり、そのドラゴンに次代を担う少年英雄が勝利することによって新しい年の豊作と平和が約束されるとする、昔ながらの素朴な豊作祈願行事である。

 この、<幼な子>の役は、毎年、七歳の男の子が演じることになっている。七歳の男の子が二人以上居る年は、女神の司祭が、祭壇の前で祝福した籤を引いて決める。

 ローイは、その、選に漏れたのである。

「ふん、なんだい、あんなの、どうせお芝居じゃないか。ヴィーレ、俺はさ、大きくなって、本物のドラゴンを退治することにするよ。自警団に入ってさ。俺は、本物のドラゴン退治の英雄になってみせるんだ! それで、ヴィーレにドラゴンの爪をプレゼントするよ!」

 村の若者たちの間では、自分が斃したドラゴンの爪を意中の娘に贈るのは、もっとも男らしく立派な求婚の意思表示とみなされていた。ドラゴンの飛来がまだ少なかったこの頃、ドラゴン退治で功績を挙げた者が戦利品として勝ち取るドラゴンの爪は、まさに勇者の証であり、若者たちは、それを恋人に捧げることが出来るような男の中の男にこそ意中の娘の愛を得る資格があると考えていたのだ。

 娘たちにとっても、恋人からドラゴンの爪を捧げられることは、ひとかどの勇者の愛を得た証として非常に誇らしいことだった。だから、小さな女の子たちはみな、いつの日かドラゴンの爪を贈ってくれるような勇者を恋人に持つことを夢見ていた。

 けれどヴィーレは、優しく笑って、首を横に振った。

「ローイ、あたしは、ドラゴンの爪なんか、いらないわ。そんなものをくれなくても、ただ、ローイがあたしのお婿さんになってくれれば、それでいいの」

「それはもちろん、なるよ! なるけどさ、でも、そんなの、あたりまえじゃないか! 俺は、それだけじゃなく、ヴィーレに、何かもっと特別なものをあげたいんだ!」

 ヴィーレはくすくす笑った。

「ローイ、去年は、あたしに、大きくなったらお星さまを取ってくれるって言ったわね。春には、大きくなったらシルドライトの指輪をくれるって言ってたし」

 ローイは照れくさそうに鼻の頭をこすって笑った。

「あはは、星をあげるって言ったのは、あの時はまだ小さかったからさ。星にはぜったい手が届かないってこと、知らなかったんだ。でも、シルドライトの指輪は、いつかぜったい、本当にあげるよ。それと、ドラゴンの爪も!」

「ううん、あたしはほんとに、特別なものなんか何もいらないわ。ドラゴンの爪なんか持ってこなくても、ローイが怪我をしないで帰ってきてくれれば、それでいいの。ほんとは、ローイにドラゴン退治になんか行かないで欲しい。ドラゴン退治の英雄なんかじゃなくて、ただの、普通のローイがいてくれれば、あたしは、それでいいんだもの。ドラゴン退治なんかしなくても、<幼な子>になんかならなくても、ローイはいつだって一番かっこいいわ!」

 その言葉に、ローイは少し機嫌を直して、顔を上げた。

「ほんとに?」

「ほんとよ。あたしは、ローイがドラゴン退治の英雄になんかならなくたって、ローイが一番好きよ」

「えへへ。そう? やっぱり? やっぱり、どう見たって俺が一番かっこいいもんな!」

「そうよ。それに一番優しいし。ね、元気出して」

 ローイは空を見上げるふりをしながら横目でヴィーレを見て、小さな声で言った。

「……ヴィーレがキスしてくれたら、元気が出るよ」

 ヴィーレは笑って、ローイの頬に小さなキスを贈った。

 ローイは、現金なことに、さっきの仏頂面はどこへやら、たちまち満面の笑顔に変わった。

「うん、ヴィーレがいてくれるなら、俺、<幼な子>になんか、なれなくてもいいや! 聖劇に出るより、ヴィーレと一緒にお祭りに行く方が、きっと楽しいもん。ヴィーレ、お祭りには、いっしょに行こうね。俺、<幼な子>に選ばれなくて良かったよ。選ばれてたら、ヴィーレといっしょに聖劇を見られないところだった!」

「そうね。おかげで、あたしたち、今年もいっしょに聖劇が見られるのね」

「そうさ! 大焚き火にドラゴンを投げ込むところも一緒に見られるよ!」

「去年は面白かったわね! ばあっと火の粉が上がって……。びっくりしちゃった」

「うん、あれはすごかったよね! だから今年は豊作だったんだね。火の粉がたくさん上がった年は、麦が良く実るんだってさ」

「ねえ、ローイ、知ってる? 夜中の十二時、新しい年が始まる瞬間に、恋人同士で手をつないで大焚き火の燃え跡を跳び越えると、その二人は、必ず結ばれるって」

「ふうん……。ヴィーレ、お祭りには最後まで居られるの?」

「ううん。お父さんとお母さんが、まだ駄目だって。子供はドラゴンを火にくべるところまでだって」

「そっか。俺も、まだ、最後まではいられないんだ。でも、もっと大きくなったら、真夜中に燃え尽きるまで焚き火を見ていられるよね。そのときは、ヴィーレ、きっといっしょに焚き火を跳び越えようね!」

「うん!」

 ヴィーレが、ふと、空を見上げて小さく声をあげた。

「あ、見て。ローイ、雪よ!」

 ひらひらと舞い始めた雪が、ヴィーレが差し出した手のひらにとまっては消える。

「ほんとだ! どうりで寒いと思った!」

「ねえ、ローイ、うちに寄っていかない? あったかいお茶を飲みましょうよ。お母さんが林檎を焼いてくれるって言ってたわ」

「やった! 行く、行く! ヴィーレのお母さんの焼き林檎は世界一うまいもんな!」

「焼き菓子もあるわよ。あたしが焼いたの」

 昨日、ヴィーレは、粉だらけになってがんばって、はじめて一人で焼き菓子を焼いたのだ。本当は、ローイが<幼な子>に選ばれた時のお祝いのために焼いたのだったが、お祝いでなくなったって、ローイが喜んで食べてくれれば、それでいい。

「えっ。ヴィーレが一人で焼いたの?」

「うん! はじめて自分だけで焼いたのよ」

「へええ。すごいや!」

 蜂蜜入りの香草茶から立ち上る香ばしい湯気と、これも蜂蜜をかけた熱々の焼き林檎、それからヴィーレの笑顔のように優しい焼き菓子の甘さを想像しただけで、ローイは、体が内側から暖かくなるような気がした。

 きっと、ヴィーレの家の炉辺は、もう、冬至のお祭りのために、緑の冬蔦やいい香りのする針葉樹の小枝で美しく飾りつけてあるだろう。暖炉では、暖かな炎が踊っているだろう……。

 想像すると、もう、いてもたってもいられない。

「楽しみだなあ! 早く行こう!」

「うん!」

 ローイはヴィーレの手を取って足を速めた。

 同い年の二人だが、ローイの方が既に少し背が高く、足も長い。

 一生懸命の早足でローイと肩を並べながら、ローイの横顔を見上げてヴィーレが話しかける。

「ねえ、ローイ、聖劇を見るときは、大きな声でナークを応援してあげましょうね!」

「うん、そうだね!」

「ねえ、ローイ、ほんとに、大きくなったらいっしょに焚き火を跳び越えてくれる?」

「もちろんさ! ねえ、ちょっと、ふたりで手を繋いで跳ぶ練習をしてみようよ! 大きくなったときに、うまく焚き火を跳べるようにさ。それ!」

「えっ、ちょっと待って! きゃ!」

 いきなり跳躍したローイに引っ張られて、体制を崩したヴィーレが小さな悲鳴を上げる。

「駄目だよ、ほら、今度こそ跳ぶよ。ほら! いち、にの、さん、それ!」

「えいっ!」

 今度はヴィーレもうまく跳んだ。

「もう一度跳ぶよ! いいか、それ、いち、にの、さん!」

「えいっ!」

 着地するたびに、ふたりは、顔を見合わせて笑う。頬が赤く染まり、白い息が弾む。

 笑いながら繰り返し跳ぶうちに、冷え始めていた身体も温まってきた。

 でも、一番暖かいのは、繋いだ手だ。

「ほら、もう一度!」

「えー、まだ跳ぶの?」

「うん、ヴィーレの家まで、跳びながら行くぞ! だって、そのほうがあったかいもん。そうれ!」

「きゃあ!」

 しだいに数を増して舞い落ち始めた雪の中、小さな二人の笑い声が響き渡る。

 雪の小道で、ふたりは幾度も跳躍した。繋いだ手を離さずに。


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