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第五章<水底の夢>第二場(2)

 タナティエル教団の指導者たちとの会談を終えてユーリオンの執務室に戻った里菜は、広場に面したその窓から、次々と立ち去っていく黒衣の集団を眺めていた。

 キャテルニーカは、窓の下で、まだ、彼らの前に立っている。

 彼らは列を作ってキャテルニーカの前に並び、癒しの技を受けた順に、静かに広場を立ち去っていくのだ。

 里菜の後ろには、ローイとリューリが立って、一緒に窓の下を覗き込んでいる。ユーリオンが約束通り呼び寄せてくれた彼らは、今しがた、この執務室で、里菜たちと再会を喜びあったところである。

「しっかし、なあ……。ニーカちゃんは、本物の妖精だったってか……」と、ローイが呟いた。

「……ってえことは、あの子、もしかして、二百年くらい生きたりするの?」

「ううん、今じゃ、妖精族も、寿命は人間とたいして変わらないんだって。違うのはただ、<魂の癒しの力>を持っていることだけ」

「<魂の癒しの力>か……。それってさあ、封印が解ける前から、少しだけは効き目があったんじゃない? 俺さあ、前から、あの子のそばにいると気持ちが楽になるって思ってたんだ。だから俺、<刻印>つけられても、生きていられたんじゃねえかなあ……」

 リューリも頷いて言った。

「絶対、効いてたわよ。治療院には、他にも<刻印>を受けた人がいっぱい入院してたけど、あの子が来てから、そういう人が、本当なら死なないような病気や怪我でやたらと死ぬってことがなくなったもの。でも、ローイ、あなたが死ななかったのは、別にあの子のおかげだけじゃないんじゃない? あなたのは、それ、ほとんど自力よね」

 リューリの言葉に、里菜も頷いた。

「そうよ、ローイは、見かけによらず、すごく強い人なのよ」

「そ、そうかなあ……」と、照れるローイに、リューリが言う。

「……っていうより、あなた、生きているのがすごく好きなんじゃない?」

「そりゃ、そうさあ。楽しいもん。だってさ、死んだら、もう、歌も歌えねえし、女も……ああ、いやいや、その、なんだ? まあ、生きていればできるはずのいろいろな楽しいコトもできなくなっちまうんだぜ。俺の人生、まだまだ、これからなんだからさ」

「これだもんね。女好きも、ここまで徹底してると、なんていうかもう、偉大よね。こいつが、女の子と見れば職員だろうと患者だろうと見境なしに口説くんで、治療院じゃ、みんな、頭、抱えてんのよ。それさえなけりゃあ、申し分ない雑用係なのにねえ」と、リューリは笑った。

 そう、ローイはなんと、治療院で雑用係として働いていたのだ。里菜は最初、ローイがいまだに治療院にいると聞いて、怪我がよほどひどくてまだ退院できなかったのかとびっくりしたのだが、そうではなくて、怪我はすぐに治り、まだ入院中から細々とした手伝い仕事を進んで買って出ては職員たちに喜ばれているうちに、そのまま雑用係に採用されてしまったらしい。

 この世界には、看護婦、看護士に相当する専門職はなく、治療院にいるのは、治療師とその見習いと雑用係で、治療師見習いになるにはある程度の医療知識や人より優れた治療の魔法の才能がいるのに対し、雑用係には、何の資格もいらない。だからローイが雑用係になっていても別におかしくはないのだが、これを聞いた時、里菜は、これまでの彼の浮いた仕事とのギャップが大きくて、一瞬、耳を疑った。

 だが、彼はどうやら、治療院でなかなか良くやっているらしい。口の悪いリューリでさえ、

「それがね、こいつが、これで案外、役に立つのよ。ただの色ボケ野郎かと思ってたら、それだけじゃなかったみたいね。何をやらせても器用にこなすし、細かいことにもよく気が付くし、飲み込みも行動も素早いし、それに、何と言っても、このばか力が重宝するのよ。治療院って、病人を動かしたりとかの力仕事が、案外多いから。もう、あたしの片腕よ。他の治療師からも便利がられてるし、愛想が良くて親切で気が利くって言われて、患者からの評判もすごくいいのよ。特に子供に人気があって、入院している子供たちが、彼が来てから明るくなったわ」とまで言う絶賛ぶりである。

「いやあ、リーナちゃん、俺さあ、歌うたいも天職だと思ってたけど、治療院の仕事ってのも、天職のような気がするなあ。ほんと、俺って、どこへ行ってもうまくやっていける人間なんだよなあ。才能がありすぎて困っちまうよ」と、ローイは笑っていたが、たしかに彼は、もともと何でも器用にこなす人間で、どこに行っても人にかわいがられるというのも、彼の特技なのだ。

 ひとしきり再会を喜び合ってから、ローイたちは、また、役人に案内されて執務室を出ていった。

 ユーリオンは窓を覗いて、次々と出ていく黒衣の群れを眺めてうれしそうに言った。

「いや、助かった、助かった。リーナ君、ありがとう。これでほっとしたよ。さあ、もうすぐ一般の市民も集まり始めるころだ。ふたりとも、そろそろ凱旋の用意をしなきゃいけないから、見栄えのする服に着替えに行ってくれるかね?」

「……この服じゃ、駄目なんですか? 随分上等の服みたいだし、これで充分じゃ……?」

「いや、そんなんじゃ、地味すぎる! これはまあ、とりあえずの着替えということで、君たちが普段着ていたのと同じような感じのものを大急ぎで選んでこさせたんだが、それはとにかく、普段着だよ」

「じゃあ、あたしたち、何、着るんですか?」

「さっきの部屋に用意させておいたがね、アルファード君には軍の第一礼装用のマントと王政時代の儀式用の部分鎧。なに、今時の一般市民たちは、おおかた、鎧なんて博物館でしか見たことがないんだから、実戦用と儀式用の違いなんか、どうせ分かりはしないよ。それに、格式のある剣も持ってもらうよ。アルファード君は体格がいいし、顔立ちもりりしくてなかなかの男ぶりだから、さぞや見栄えがするだろうねえ。うん、楽しみだ。その勇姿を見れば、みんな、君たちが魔王を倒したことを心から納得するに違いない。

 それで、リーナ君だがね、君に何を着せるかは、さんざん悩んだんだ。いくら見栄えよくと言っても、この場合、お姫様のような格好じゃおかしい。かといって、無理に軍装をさせても、なんだか、統一記念日の少年少女軍楽隊のようで――いや、失礼、とにかく、リーナ君は華奢でかわいらしいから、へたに強そうに見せようとするとかえって不自然になってしまうだろう? それで考えたのが、名高い<魔法使い>だった軍師ユーディードのマントだ。これは演出効果抜群だよ。このマントは、毎年、統一記念日に博物館を無料解放して公開展示しているものだから、市民はみんな、あれを見ればユーディードのだって分かるんだ。君がそれを着ているのを見れば、みんな、偉大なるユーディードの再来と、熱狂するに違いない」

「そんな……。あたし、今でも普通の魔法だって使えないのに」

「いいんだよ、市民たちは皆、最初から君を<魔法使い>だと思ってるんだから。君は別に、何も魔法を使って見せたりしなくてもいいんだ。君は、それを着て、ただ黙って立っていればいい。それだけで市民たちは、君のことを、本当はアルファード君以上にすごいことができる大魔法使いだと、何もしなくても勝手に思いこんでくれるからね。要はハッタリだよ」

「えー、そんな……」

「嘘をつくのが心苦しければ、いっそ、正直に、私は女神様ですって公言して、女神の扮装で出て行くかい? 『今まで<魔法使い>と呼ばれてきたけど、それは仮の姿で、私の本当の役回りは実は<女神>でした』って? それはさすがに、ちょっとまずかろう? さすがに物議を醸すよ」

「それは、そうだけど……」

「なら、君は、『魔法使い』の役を演らなけりゃならない。今回の出し物には『普通の女の子』なんて役はないんだからね。『女神』を演らないんなら『魔法使い』だよ」

「でも……。博物館から持ち出してきた百五十年も前のマントなんて、ボロボロなんじゃ……?」

「いや、そんなことないよ。もともと非常に上質のものだし、保存の魔法も最初から丁寧にかけてあって、歴史的な偉人のものだから、その後の保存も、もちろん万全だ。問題は丈だが、普段用の膝丈のマントだし、彼は比較的小柄な男だったらしいから、君にも着られるだろう。きっと、ちょうど足元くらいまであって、かえって重々しい感じがでて、いいんじゃないかな?」

「はあ……」

 里菜は開いた口がふさがらなかったが、

「人助けだと思って、どうか、頼むよ」というユーリオンの懇願に、しかたなく、マントと、その下に着るように言われた何やら古風な服を抱えて、さっきの部屋に着替えに行った。

 着つけ方のさっぱりわからない古風な衣装に手間取った里菜がやっと執務室に戻ると、そこには、物語の挿絵から抜け出してきたような凛々しい騎士が立っていた。里菜は目を丸くして叫んだ。

「アルファード、カッコいい!」

 アルファードはひどく照れて、困った顔をしたが、美々しい鎧に身を包み、広い肩に重厚な長いマントをかけたアルファードは、ユーリオンの予想通り、いかにも立派で、見栄えがした。

 その上、彼は、これまで持ったこともないような、見るからに重そうな、ものものしい広刃の大剣まで持たされている。この、宝石を飾った大仰な剣は、城の宝物蔵から持ち出された昔の王族の持ち物だという。

 感嘆する里菜に、ユーリオンは、

「そうだろう、そうだろう」と頷いて、惚々とアルファードを眺め回した。

「うーん、いいねえ。思ったとおり、君はこういうのを着ると、実に映えるねえ。惚れ惚れするようなますらお振りだ。この剣も、すばらしく似合って、よかったよ。アルファード君は上背もあって、こういう重量感のある長い剣を持っても、体格が剣の風格に負けないからね。うん、まさしく、これは、いにしえの勇者そのものだ! ああ、わくわくするよ! こんな、いにしえの英雄たちの絵物語のような胸踊る姿が生で見られるとは、私はなんて運がいいんだ。どうせなら、君には、宴会でも、ずっとこれを着ていてもらおうかねえ……」

 閉口するアルファードをよそに、ユーリオンはもう、御満悦である。

「それに、リーナ君、君もなかなかいいよ。いかにも清らかで、かわいらしい中にも気品と神秘性が感じられて、なかなかそれらしい。男性ファンから花束が殺到すること間違いなしだ。うん、ふたり並んだところも、実に絵になる」

 ひとりで有頂天になっているユーリオンを横目に見て、

「ねえ、アルファード……。なんだか、あたしたち、リオン様の着せ替え人形になったみたい」と、里菜が耳打ちすると、アルファードも苦笑して頷いた。

「ああ。でも、彼の言うことには、一理ある。たしかに、長い混迷にうちひしがれた市民に希望を与えるには、こういう馬鹿らしい演出も必要だろう。ちょっと恥ずかしいが、まあ、しかたがない。つきあおう。どうせ、ここでの恥は、もう、かき捨てだ」

「そうね。どうせなら、なりきって楽しんじゃお! あたし、一回、コスプレってやってみたかったんだ!」

 里菜はマントを広げてくるりと回って見せ、

「こらこら、リーナ君、大魔法使いはそんな軽々しい仕草をしちゃいけない」と、ユーリオンにたしなめられたのだった。

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