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第一章<エレオドラの虹> 第五場(1)

 午後になって、雨はあがった。雲間から秋の薄日が差し始めた。

 アルファードは、夕食の材料にと、家の裏にある小さな菜園に野菜を獲りに行った。

 アルファードは、畑に虫よけの魔法をかけられないので、百姓には、なれない。虫よけの魔法は農薬と違って何の害もないから彼の畑の虫食いだらけの野菜に無農薬などという付加価値がつくこともなく、彼は、自家用の野菜だけをほそぼそと作っているのだ。

 里菜は、ヴィーレとテーブルに着いて、この世界のことや魔法のことをいろいろと教わっていた。

 その時、窓の向こうから、里菜がそれまでにおぼろげに築き上げていたこの世界のイメージには全くそぐわない、妙に能天気な、おちゃらけた歌声が聞こえてきた。

「おーれーはァ村中でェーいっちばーん、モボだーとー言っわれーたァおっとこォー」

 声は、朗々たるテノールである。美声なだけにかえって、歌っている歌がヘンなのが際立つ。

(なに、あれ……)

 この世界ではああやって大声で歌を歌って歩く習慣があるのだろうか。それは困った。里菜は少々音痴なのである。

 ヴィーレが、眉をよせて言った。

「いやあねえ。ローイじゃないの。きっと、新しく、女の子が村に来たって聞いて、さっそくちょっかい出しに来たのよ。そういうことだけは、村で一番、素早いんだから」

 ヴィーレは窓をあけて、外をのぞいた。

「よお、ヴィーレ、お前、また、そこにいたのか。アルファードの嫁さんでもないのによお。ずうずうしい女だな。いい年しておままごとでもあるまいに、アルファードも迷惑なこった」

「うるさいわね、あたしの勝手でしょ。あなたにとやかく言われたくないわ」

 ヴィーレと窓越しに応酬しながら近づいてくる陽気な大声の主を見たくて、里菜も窓辺に駆け寄り、ヴィーレの陰から外を覗いた。なにしろ、生まれて3人目に見る、異世界の住人だ。里菜から見れば珍獣並みに興味深い存在なのである。

 大股で歩いてくる、妙に背の高い若者の姿が目に入った。

 第一印象は、

(うわあ、電信柱が歩いてくる!)というものだった。

 とにかく背が高い。そのうえ痩せているから、なおさらひょろ長く見える。

 しかも、この背高のっぽの電信柱は、極彩色だ。

 やたらに大きな赤い羽のついた緑の帽子、胸元をだらしなくはだけた真っ赤なシャツにズボンは紫と赤のチェック、その上、腰に巻き付けた鮮やかな黄色の布帯の端を片側に長く垂らしてピラピラとひるがえすという、目がチカチカするような服を着ている。しかもそのズボンときたら、右足は普通の長ズボンだが左足はなぜか膝上までの丈で、左足はその分、靴下が膝下まであるのだが、これがまた真っ赤だ。それだけならまだしも、右の足首にちらりと覗くもう片方の靴下はなんと緑である。

 いままで、アルファードやヴィーレが着ていた、生成りや茶系を中心とした素朴で質素な服がこの世界での標準だと思っていたが、もしかすると彼らは地味好きか、でなければ貧しいのであって、金持ちやおしゃれな人は、こういう服を着ている世界なのだろうか。

 よその世界の風俗に文句を言えた義理はないが、開いた口がふさがらない。

 極彩色の電信柱は、大声で言った。

「アルファードは、いるのか?」

「裏に野菜を取りに行ってるわよ。でも、どうせ、ファードに用事じゃないんでしょ」

「当ったり。村の新しい仲間に、ご挨拶したいと思ってさ。そこにいるのか?」

「いるけど、あなたには会わせたくないわね。せっかくあたしたちが、よそから来た子にこの村にいい印象を持ってもらいたいと努力してるのに、一気にぶちこわしになるもの。もう、ローイってば、また、そのヘンなズボンはいて……。そんなズボンをはいた人がこの村の住民だなんて、あたし、恥ずかしいわ! このあいだ、もう一度そのズボンをはいたら絶交だって言ったでしょ!」と叫ぶヴィーレの言葉に、里菜は、あの格好はこの世界でもやっぱりヘンなのだと、少し安心した。

 あとでわかったことだが、この若者の服装は、里菜から見ても十分に突飛だが、この世界の感覚ではモヒカン刈りのパンク野郎に相当するくらいキテレツな格好で、大人たちの顰蹙と若者たちの物笑いの的になっているらしい。

「お前に絶交されても、俺はちっとも困らないよ!」

 電信柱は、平気で怒鳴りかえしながら帽子を取り、勝手知ったる他人の家とばかりに、ドアをあけてずかずかと入ってきた。

 間近に見ると、なおでかい。百九十センチは越えているのではないだろうか。ドアをくぐるのに、頭を下げていた。アルファードもけっこう背は高いが、あのドアは、普通に通っていたはずだ。

 里菜は、物珍しさのあまりに人見知りも忘れて、まじまじと彼を見た。

 近くでよく見れば、なかなか整った、きれいな顔立ちの若者である。だが、なぜか美貌という印象を受けないのは、いかにもいたずらっ子めいた鼻の上のソバカスと、顔全体にみなぎる溢れんばかりの愛敬のせいだろう。

 熟したトウモロコシのヒゲのような茶色いクシャクシャのくせっ毛は陽に灼けて赤みがかり、目は、明るい茶色。

 痩せてはいるが、ひ弱な感じはなく、いかにも俊敏そうで、活気が感じられる。

 服装を除いては、全体の印象は悪くない。性格の良さがにじみでているように見える。

 相手も、一瞬、まじまじと里菜を見た。

「や、あんたが、そうか……」

 それから、突如、すっとんきょうな大声で叫んだ。

「お、お、おっ! やった! かわいいじゃん! 超、俺好み!」

(え、え、えっ。なに、なに、この人……)

 里菜はあっけにとられて、思わず一歩後ずさった。

「俺、ローイってんだ。よろしくな!」

 若者は、里菜の逃げ腰など気にもせず近寄ってくる。

 ガサツで声の大きい男、軽薄で調子のいい男、なれなれしくて押しの強い男、というのが、里菜の『三大ニガテなタイプ』なのだが、彼は、そのすべてにあてはまってしまうらしい。そういう人たちは、知りあってみればけっこういい人だったりすることもあるが、初対面の時は本能的に警戒してしまうのである。彼も、人柄は良さそうに見えるのだが……。

 里菜が、なんとなく気おされて一瞬口が利けずにいると、横からヴィーレが言った。

「あだなは、『かかし』よ!」

 そのひとことで、里菜の緊張も警戒心も一挙に解けた。

 あまりにも、似合ってる。いかり肩をゆらし、長すぎる手足をぎくしゃくともてあましながら歩くさまは、たしかにかかしそのものである。派手な服装も、このあだなを聞いてしまうと、かかしの服にしか見えない。さらにいえば、派手な服装にもかかわらずどこか純朴というか、素朴さを感じさせるのも、かかしにふさわしい。

 里菜は、かろうじて吹き出すのをこらえた。

「あぁーっ、それを言うなよ! イメージが落ちるじゃないか! こんな伊達男をつかまえて、かかしとはなんだ、かかしとは!」と、喚くローイに、

「イメージが落ちるもなにも、それ以上、落ちようがないんじゃないの?」と、ヴィーレは言い放って、里菜のほうをむき、

「見た目だけじゃなくてね、村の広場や道端で、女の子が通ったら口説こうと思ってぼーっと立ってるようすも、かかしみたいだからよ」と、解説した。

 里菜は笑いをこらえて名乗り返した。

「あたしリーナ。よろしく」

「うん、いい名前だ。歳、いくつ? 俺、十九」

「十七」

「へえ……。も少し、下かと思った。その服のせいだな。あれ、その服……。見たことあると思ったら、ヴィーレが昔、たしか、十二、三のころに着てたやつじゃん。でも、胸のへん、ブカブカ……」

 言い終らないうちに、彼は、飛びあがった。ヴィーレが、思いっきり、脛をけっとばしたのだ。

「いてェ! なにすんだよ、この……」

 言わせもせず、ヴィーレが叫ぶ。

「エルドローイ! あんた、ぶしつけよ! いくらなんでも、失礼よ!」

 里菜は赤くなって、胸の辺りをおさえた。

(ひどい! 気にしてるのに……)

 あわててローイが謝った。

「悪い! ごめんよ! 俺、思ったこと、ついみんな口に出しちまうんだ。いや、でも、胸は小さいほうが、かわいいよ。いや、ほんとに! 胸の大きい女は、頭が悪いっていうだろ。そら、そこにいるヴィーレが、いい例だ」

「なんですって!」と、ヴィーレ。

 ますます真っ赤になりながら、里菜はしかたなく言った。

「いいの、気にしないから」

 これ以上、この話題を続けてほしくなかったのだ。

 とたんにローイが、ズカズカとさらに近づいて、里菜の頭上に長身を乗りだすようにして言った。

「お詫びのしるしにさ、俺が村をご案内するよ!」

 言いながら、いきなり里菜の腕を掴もうとしたので、里菜はギョっとして、思わずもう一歩あとずさり、両手を後ろに隠してしまった。動作が大きくて急な人は、苦手だ。もの静かで真面目な話ぶり、穏やかで慎重な身のこなしのアルファードとは、大違いである。いいひとには違いなさそうだが、強引そうだし、とにかくヘンだ。

 ヴィーレが、里菜をかばうように二人のあいだに割って入った。

「だめよ、勝手に! この子はまだ、ここに慣れてないし、水につかって倒れていて、体調もまだ本調子じゃないの! ファードが、まだ外には出すなって……」

 言いかけたヴィーレを遮り、ローイは叫んだ。

「なんだぁ? この子を連れ出すのにはアルファードの許可がいるのかよ! アルファードはいったい何サマなんだ? この子はアルファードの所有物か?」

「そういうわけじゃ、ないけど……。でも、この子はファードが見つけたのよ。それに、彼も『よそ』から来たんですもの、そういう人をどうすればいいか、きっと、一番よくわかっているわ」

(なんだか、拾った猫をダンボールから出していいかどうかで揉めてるみたい……。あたしって拾い猫?)

 本人そっちのけで言い合いされて、なんだか情けない気分である。

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