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第五章<水底の夢>第一場(2)

 ふたりがそうしている間、静かだったのはその部屋だけで、<賢人の塔>の他の場所では、上を下への大騒ぎが繰り広げられ、<賢人>から清掃係に至るまで、あたふたと走り回っていた。

 ふたりが食事を終えたころ、役人が迎えにきて、ふたりは、もう一度、ユーリオンの執務室に連れていかれた。

 そこでふたりは、ユーリオンから、これからもう一度イルベッザへの帰還をやり直すようにと言い渡された。ふたりが食事をしている間に<賢人>たちは会議をして、方針を決めていたのだ。

「いいかい、君たちは、まだここに帰ってないことにしてあるからね。市民たちには、こう言って発表しておいた。さっき、北の空が真っ赤に見えた時、君たちが魔王を倒していて、それからすぐに魔法で私にその報告をしてきて、これから魔法で空を飛んで帰ってくるところだと。

 それでだね。せっかく着替えたところを、すまないが、見栄えのする衣装を用意させたから、これからもう一度、それに着替えてくれないか。魔法で飛ぶのに、着ているものの重さは関係ないんだろうね? で、それを着て、防壁の外まで姿を消して飛んでいってもらって、それから姿を現わして、入城をやりなおして欲しいんだよ。着陸場所は、広場正面のバルコニーだ。ほら、アルファード君、武術大会の式典の時に私たちが立って挨拶した、あのバルコニーにね。ああ、リーナ君、君は知らないだろうが、あそこはもともと、王様たちが国民に手を振ったりするように作られた場所なんだ。

 そうそう、アルファード君、君、派手に光ったりなんかできないかい? そろそろ暗くなるから、ぱっと、何か照明を演出して飛び込んできたりして貰えると、ありがたいんだがねえ……」

 里菜とアルファードは、予想外の要求に顔を見あわせて絶句していたが、ユーリオンはかまわず、さらに続けた。

「それから、その後は、私たちと一緒に、バルコニーで、市民に顔見せしてあげてもらいたいんだがね。なに、君たちは黙って手を振るだけでいいんだ。挨拶なんかは私たちがやるから」

「えっ……。あのう……、本当に、そんなことしなくちゃいけないんですか?」

 唖然とする里菜に、ユーリオンは大真面目に懇願した。

「いや、お疲れのところ申し訳ないし、面倒だろうが、ほんのちょっとの時間でいいから、どうか、頼むよ。馬鹿馬鹿しいと思うかもしれないが、これは、ぜひ必要な手続きなんだ。ただのくだらない人気取りだとか、無意味な格好つけだとか、そんなふうには思わないでおくれ。ものごとには、形式とか演出とかも大切なんだよ。そういうきちんとした手順を踏んでアピールしてこそ、市民に魔王の消滅を納得させ、今後の安全を実感させ、働く意欲を掻き立てることができるんだからね。何しろ、今、一番大切なことは、人の心を明るくすることなんだ。だから、とにかく、できるだけ派手に、華々しく頼むよ」

「はぁ……」

「もちろん、やってくれるね。ありがとう! 明日以降の行事については、また後で詳しく打ち合わせして、いろいろお願いするから……。ところで、もうひとつ、相談があるんだが……。実は、君たちへの賞金のことなんだがね……」

「そんな、賞金なんて、あたしたち……」

「いや、ちょっと聞いておくれ。実は、それがまた、とんでもなく安いんだよ……」

「……はぁ?」

「いや、だからね、すごく低い金額なんだ。たったの五百ファーリなんだ。今は魔物一匹で五十ファーリだから、君たちが今までに魔物退治で稼いだ額のほうが、よっぽど多いよねえ」

「はぁ……。なんで、そんな額なんですか。まあ、別にいいんだけど……」

「それがね、実は、この金額は、百年程前に決まったものなんだ。当時の貨幣価値から言えば一生遊んで暮せるような額だったはずなんだよ。そのころ、一番最初に魔物退治の報奨金が定められて、その時に、一応、魔王の場合の金額も一緒に定めたらしい。あんまり昔のことなので、私たちは誰も知らなかったんだが、最年長の<賢人>ファドゼールが、そういえば昔、そんな話を聞いた気がすると言い出してね。古い書類を調べてみたら、たしかに記録があったんだ。そして、その条項は、少なくとも撤廃はされていないらしいんだよ……。ただ、何しろ、本当に誰かが魔王を退治するなどとは、誰も思っていなかったから、その後、時代が下るにつれて、魔物退治の報奨金の額を物価の上昇に合わせて引き上げた時も、魔王のほうはそのまま忘れられていて、改定されなかった。その間に、通貨単位の変更なんかもあったから、こういう事態になったわけだ。それで我々は協議して、いくらなんでも額面通りでは君たちに悪いだろうということになったんだが……。さて、そこで相談だ。君たちは……」

「額面通りでかまいません」と、アルファードが、素早く答えた。

「えっ、本当かね! リーナ君、君も、それでいいのかい? ああ、それはありがたい。本当に助かった。何しろ、魔王に賞金がかかっていることすらすっかり忘れていたんだから、当然、そのための予算なんか、とってあるわけがないだろう? もしや君たちが――いや、そんなことは言わないだろうとは思ったんだが、この金額を現在の貨幣価値に換算して全額即金で払ってくれなんて言い出したらどうしようかと、内心びくびくしていたんだよ……。むろん、君たちがこの偉業をなしとげたのは賞金目当てでじゃないことは分かっていたんだがね……。いや、ありがたい、ありがたい……。五百ファーリなら、今年の魔物退治の報奨金の予算の残りで充分対応できる……。何しろ、これからはもう、魔物は出ないわけだろう?」

 肩の荷が降りたというふうに無邪気に喜ぶユーリオンを見ながら、里菜はアルファードに小声で尋ねた。

「アルファード。五百ファーリだって、いらないんじゃない? あたしたち、どうせ、もう、この国からいなくなるんだもの……」

「いや、貰っておこう。俺たちはいらないが、五百ファーリあれば、村の初級学校の図書室に新しい本が買えて、自警団の武具も買い足せる。それに俺たちは、ローイとヴィーレに結婚祝いを買ってやらなけりゃならない」

「えっ? ローイとヴィーレにって……。いつのまに、あのふたりの結婚話がまとまってたわけ? あたし、聞いてないけど……」

「いや、俺もまだ聞いてはいないが、間違いなく彼らは結婚するさ」

 そこへユーリオンが、そわそわした様子で話し掛けてきた。

「それでね、着替えに行く前に、もうひとつ、リーナ君に片付けて欲しい、ちょっとした問題があるんだが……」

「はい?」

「実は、あれなんだよ……」と、ユーリオンは、窓から見える城の正面広場を指差した。そこには、黒衣の人々がうじゃうじゃとひしめきあっていた。さっき里菜が空から見た人だかりは、これだったらしい。

「リオン様、これ……。タナティエル教団の人たち?」

「そうなんだよ。いや、ここ数日、ずっとこういうふうで、私たちはみんな、すっかり参っているんだ。数日前から、タナティエル教団の信徒たちが続々と市内に集まってきて、ここに集結してしまってね……。別に何か悪いことをするというわけでもなく、ただ集まって、時々お祈りをしたり、祈祷歌を歌ったりしているだけなんだが、窓の下に、こういう黒衣の連中にうじゃうじゃ集まられると、どうにも落ち着かなくてね……。みんな、このあいだの魔物騒ぎ以来、ただでさえ落ち着かないのに、<塔>の職員もますます仕事が手につかないし、市民たちも気味悪がって大変なんだ。

 だからと言って、君たちも知っているように、ここは国民が誰でも自由に入っていい広場だから、ただ気味が悪いからと言って強制的に武力で排除してしまうわけにもいかない。火を焚いて炊事をするとか、テントを張って通行のじゃまになるとか、大声で不埒なことを怒鳴り散らすとかしていれば、それを口実に追い払うこともできるんだが、食べ物は堅パンなんかを噛じっているようだし、夜はマントを被って地面で寝てるし、おとなしくお祈りをしているだけで人の迷惑になるようなことは別にしないものだから、かえって始末が悪い。

 特に今朝からは何だか彼らの動きがざわざわしてきてね。今にして思えば、北の荒野で何かが起こっているのを感知していたんだろうね。彼らの中には、予言者まがいのものがいるようだからね。そして、さっき、あれは君たちが魔王を倒した時刻だったんだろうと思うんだが、しばらく空が真っ暗になって、北のほうだけ真っ赤に染まって、こんな南のほうで見えるはずのないオーロラのようなものまで見えて、また、何か恐ろしいことが起こるのではと市内が騒然となったんだが、その時など、彼らがばたばたと地面にひれ伏して大声でお祈りを唱え出し、タナート神の復活だとか、死の王と生命の女王の婚礼だとか喚いたもので、本当に怖かったよ……。

 それでだね、たぶん彼らは、君が出ていって説得してくれれば、ここからどいてくれると思うんだが。いや、私は君が彼らと別に関係ないのは知っているが、彼らは君のことを自分たちの女王だと言っているようだから、君の言うことなら聞くだろう。このままじゃあ、君たちが空を飛んで入城する時に、他の市民が怖がって、ここに集まってこられないから、その前に彼らをどかしてほしいんだよ。君たちがすでにここにいることは内緒だから、リーナ君一人が、そのままの目立たない格好で通用口からそっと広場に出ていって、彼らの代表と話し合うという形で……」

「わかりました。話してみます。でも、その前に、できればキャテルニーカを連れてきて欲しいんですけど」

「キャテルニーカって、あの、妖精の血筋のお嬢ちゃんかい? なんでまた?」

「あの子は、『妖精の血筋』じゃありません。本物の妖精の生き残り、最後の一人で、タナティエル教団の御使い様だった子です」

「えっ! まさか、そんな……。そうか、そうだったのか……。いや、あの子なら、もう呼びに行かせているよ。そろそろここへ来るだろう。君たちの他の友達と一緒に呼んでこさせたんだが、そういうことなら、最初にその子だけここに連れてこさせよう」

 ほどなく、役人に案内されて、キャテルニーカが執務室に入ってきた。

「お姉ちゃん……。勝ったのね」

 にっこり笑って、落ち着いた様子で里菜の前に進み出たキャテルニーカは、ひょいと跪いて胸に手を当てて敬意を表し、立ち上がって里菜を見上げた。

「かわいそうな魔王は、救われたのね」

「ええ」

「お姉ちゃんが彼を目覚めさせ、悪夢の中から救い出してあげたのね。そしてタナートが復活し、エレオドリーナと結ばれた」

「そうよ」

「ありがとう」とキャテルニーカは微笑んで、里菜の手を取り、自分の額に当てさせた。「封印を、解いて」

「うん」

 ユーリオンとアルファードが無言で見守る中、目を閉じたキャテルニーカのかわいらしい額に当てた里菜の手が、一瞬、光を発した。それはほんの一瞬だったが、目を開けたキャテルニーカの額は、数秒ほど、光の粉をまぶしたように光っていた。

 その光が消えた時、キャテルニーカは、目を開けて、晴れ晴れと言った。

「封印が解けた。魂の癒しの力は、ふたたび、この世に」

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