あきねーの想い
~これまでのあらすじ~
ある夜、千成のもとに姉の冬美からLINEが入った。
それは、大好きなおばあちゃんの逝去を報せるLINEだった。
翌日、千成はしばらくぶりにおばあちゃんちへと向かった。
十数年ぶりにおばあちゃんちに顔を出すと、そこで千成はこれまた久しく会っていなかった従姉の亜妃と再会する。
懐かしさを噛みしめるのもつかの間、千成は永眠したおばあちゃんのもとへと案内された。
冷たくなって、安らかな眠りについたおばあちゃん。
千成はそんなおばあちゃんを目の当たりに、幼い頃の記憶に思いを巡らせて、思春期からここに寄り付かなくなった自分の愚行を悔いるのだった。
やがて、そんな千成を見ていた亜妃が千成を夕飯に誘った。
誘われるままに亜妃に甘えた千成は、そのもてなされた品に驚きを隠せなかった。
それは、ついさっきまで記憶の中で思いを馳せていた、思い出深いおばあちゃんのうどんだったからだ。
おばあちゃん、あきねー、姉の冬美と、そして自分。
みんなが楽しかったあの頃を思いながら、千成は涙を流してうどんを頬張った。
そして同時に千成は、その時初めて亜妃の想いを聞かされたのだった。
『カクヨム』様にて投稿させて頂いてます短編小説“やさしいところ”の長編編集作第5話となります。
お読みいただけましたら幸いです。
英金瓶
小学生の頃、僕は夏休みにおばあちゃんちに来るのがとても楽しみだった。
なのにそれがいつの間にか、なんやかんやと理由をつけて来なくなって、気が付くと十年以上、いや、二十年近くも足が遠退いていた。
おばあちゃんが、嫌いになったわけではない。
寧ろずっと大好きだった。
では・・・・・・なぜ?
いちばん最初は、受験があって来られなかったんだ。
頭のできが悪い僕は、中学校生活最後の夏休みをすべて夏期講習に充てなければならなくなった。
その頃はまだ楽しみにしていたおばあちゃんちでの夏休みも、泣く泣くの我慢をすることになって。
そうしてなんとか人並みの公立校に通えるようになった僕は、今度はその高校でやたらと気の合う奴と知り合えた。
僕はそいつと頻繁に遊ぶようになると、月々の小遣いでは賄いきれなくなって、毎日ではないが放課後や、夏休み、冬休みといった長い休みにアルバイトを入れてお金を貯めるようになった。
そうして僕は、おばあちゃんちから徐々に足が遠退くようになっていた。
それでもまだその頃は、おばあちゃんちには行かないまでも電話で声を聞かせるぐらいのことはしていた。
お正月には「あけましておめでとう!」と電話をかけたり、おばあちゃんの誕生日や敬老の日には、プレゼントやカードなんかを贈って届いた頃に「おばあちゃんおめでとう!荷物届いた?どお?元気にしてる?ぼくはねー、最近さー・・・・・・。」と話しをしたりして・・・・・・。
やがて高校を卒業して社会に出るようになると、僕は更に時間にも自分にも余裕がなくなり、おばあちゃんに電話をかけたりすることも少なくなってきた。
それでもまだ、最初のうちはプレゼントを贈るぐらいまでは必ずしていた。手紙を添えて。
しかしそれも、徐々に忘れてしまうようになってしまって・・・・・・。
だけど僕は、決しておばあちゃんを忘れてしまったわけではないし、おばあちゃんに会いたくなくなったわけでもない。
言い訳に聞こえてしまうかもしれないけれど、大人になると突然行ったり電話をかけたりすることが、迷惑になると思ってしまって・・・・・・。
いや・・・・・・これはやっぱり言い訳だな。
酷く醜い言い訳だ。
おばあちゃんが、僕のことを迷惑だなんて思うわけがないんだ。
今の僕なら、迷うことなくそう思えるのに・・・・・・。
僕はおばあちゃんと会わないうちに、いつの間にか捻くれて、おばあちゃんに会えた時の喜びを見失っていた。
前言は撤回する。
僕はおばあちゃんを、忘れてしまっていたんだ。
けれどあきねーはそんな捻くれ者の僕に、おばあちゃんのやさしい笑顔と温もりを思い出させてくれた。
おばあちゃんのことが、大・大・大好きだったあの頃の気持ちを甦らせてくれたのだ。
あきねーの想いがたくさん詰まってて、おばあちゃんの味をしっかりと受け継いだあきねーのうどんで。
僕はあきねーに手を引かれ、やっとここに帰って来られた。
世界で一番、僕にやさしいこの場所に。
うどんをすべて平らげて、お汁も最後の一滴まで飲み干してもまだ、僕はそのお椀からは目を離せなかった。
あの頃もこうして、僕はお汁を最後の一滴まで飲み干していたんだと思い出していたからだ。
すると、そんな僕に気が付いてあきねーが言った。
「あれ?もしかして足らなかったかな。お汁だけならまだあるから、ご飯にかけてシャバシャバご飯する?」
『シャバシャバご飯』懐かしい響きだ。
あの頃それもよくやった。
あきねーと僕、そして姉ちゃんの三人が三人とも食べ盛りになった頃、うどんだけでは物足りなくなって、よく三人でご飯にお汁をかけてシャバシャバご飯を食べた。
おばあちゃんはそんな僕らに「まぁ、よく食べること。たくさんご飯を食べられるのは元気な証拠。いいこと、いいこと。たんとお食べ。」とよく笑って言っていた。
そんな懐かしいシャバシャバご飯もまた魅力的だったが、僕はあきねーのうどんに心も胃袋も満たされていたから、それはまた次のお楽しみにとっておくことにした。
「あきねー。美味しかった。すごく美味しかったよ。ありがとう、あきねー。」
あきねーのうどんとやさしさのおかげで、僕はこれまでにはなかったほどの晴れ晴れとした気持ちになってそう言うと、あきねーは満足気に微笑んで「お粗末さまでした。」と、おばあちゃんみたいなことを口にした。
僕はその時その微笑みにおばあちゃんが透けて見え、一族の誰よりもあきねーがおばあちゃんの色が濃いと気が付いた。
だから僕は昔から、なぜかあきねーには逆らえず、なんでも言うことを聞いてしまったのだ。
恐るべしだな。おばあちゃんの遺伝子は。
それから僕とあきねーは、あの頃のように食事のあとは談笑し、思い出話で盛り上がった。
おばあちゃんが僕に選んでくれた、懐かしのマグで温かいお茶を頂きながら。
「・・・・・・あったねー、そんなこと。懐かしいねー・・・・・・。」
あきねーはそう言うと、カップの中のお茶を見つめた。
柔らかな笑みをその表情に浮かべながら。
「うん・・・・・・懐かしいね。なにもかも・・・・・・。」
そして僕もあきねーに習い、黙ってマグの中を眺めていた。
しかし僕には、あきねーのように笑みを浮かべることはできなかった。
あきねーとのあの頃の話にはホンワカとしたぬくもりを感じながらも、心のどこかではまだチクチクとした痛みをやんわりと感じていたからだ。
愚かな僕の十数年は、純粋なあの頃の気持ちをあきねーに甦らせてもらってもまだ、僕を決して許すまいと捻くれた僕を心の奥底に潜めていた。
そうして僕が黙っていると、あきねーは「かず?・・・・・・。」と静かに声をかけてくれた。
「かず?・・・・・・なに、考えてる?・・・・・・。」
まるで、僕の心の内をすべて見透かしているようなあきねーの言葉。
僕はあきねーのその問いに、さらけ出したくない部分まで見られてしまった気がして、思うように取り繕った言葉が浮かばず口を噤んで俯いてしまった。
「いや・・・・・・うん・・・・・・。」
するとあきねーは、結果、目を背けた僕を見て話した。
「わたしもね・・・・・・わたしだって、後悔がないわけじゃないんだよ。」
あきねーは黙った僕にそう言うと、笑みを浮かべたその表情に途端に陰りを見せだした。
それは、さっきあきねーが自分の想いを打ち明けていたときに一瞬見せた、曇りの表情と同じだった。
僕は、あきねーにも同じ痛みを思い出させてしまったかと自分を呪った。
「ご・ごめん、あきねー・・・・・・。」
なのに僕は、そんなつまらない言葉しか口をついて出て来なくて、重ねて自分を呪うこととなった。
それでもあきねーはやさしくて、僕に笑顔で首を横に振ってくれた。
そして告白し始めたんだ。
あきねーの後悔を・・・・・・。
僕は黙ってそれを聞いた。




