おばあちゃんのお願い
~これまでのあらすじ~
大好きなおばあちゃんの訃報を知った千成はおばあちゃんに会いに来た。
そこでは従姉の亜妃とも久しぶりに再会し、おばあちゃんや子供の頃の思い出にも浸ることができた。
あきねーに夕飯に誘われ、御馳走になることにした千成。
驚くことにその夕飯は思い出深いおばあちゃんのうどんだった。
千成はノスタルジーに浸りながら、おばあちゃんのうどんに箸をすすめたのだった。
小説投稿サイト『カクヨム』様にて短編小説として投稿させていただいた“やさしいところ”という作品を、書きたいエピソードを余すところなく書かせていただくために長編として再編集してお送りさせていただいている“やさしいところ”の第4話です。
お読みいただけましたら幸いです。
英金瓶
おばあちゃんのうどんは乳白色というよりも象牙色に近く、うどんなのに歯ごたえがあって噛めば噛むほど小麦の味を強く感じる、食べ応えのあるうどんだった。
このうどんは、おばあちゃんちに来ないと食べられなかったうどんで、今はもう、ここへ来ても食べられないうどんとなってしまった。
なのに今、僕はそのうどんを口いっぱいに頬張っている。
大粒の涙をポロポロと零しながら。
数十分前、僕はこのうどんを一口食べて驚嘆した。
口の中に頬張った瞬間に感じた、スベスベとした滑らかな舌触り。
なのに奥歯で噛みしめると、モチモチではなく、かと言ってカタイという表現では似つかわしくない、まさにモキュッモキュッといった不思議な心地良さも感じるその食感・・・・・・。
僕は信じられなかった。
このうどんはまさに、僕が小さい頃に食べたおばあちゃんのうどんだった。
どうして?・・・・・・どうしておばあちゃんのうどんが今ここに?
「あ、あきねー・・・・・・これって・・・・・・。」
僕は驚き顔を上げると、あきねーはそんな僕の様子を窺い二コッと笑顔を見せていた。
「どお?驚いた?。」
「え?・・・・・・。」
まるで僕の反応を予測していたかのようなあきねーの言動。
やっぱり、これってあきねーが?・・・・・・。
僕はこのうどんの謎を確かめた。
「そうだよ。わたしが打ったんだよ。言っとくけど、おばあちゃん直伝のお墨付きだよ♪」
「スッゲぇぇぇぇ‼マジで?!」
僕はそれを聞いて再び驚いた。
そんな驚いた僕が予想以上だったらしく、あきねーはまた大笑いをした。
「あはははははっ。そんな驚く?」
「え?!驚くでしょー。だって、おばあちゃんの味そのものだよ!凄いよあきねー!」
お世辞でも大袈裟でもなく、あきねーの打ったうどんはそれほどまでに忠実におばあちゃんのうどんを再現していたのだ。
「あー可笑しい、かず・・・・・・。でも、よかった。かずがそんだけ喜んでくれて・・・・・・。」
僕の驚きの反応に大いに満足したあきねーは、続けて僕にこう言った。
「嬉しいよ。かずにそう言ってもらえて。わたしもおばあちゃんの手料理大好きだったけど、かずはもっと大好きだったもんね。」
「うん・・・・・・。」
僕は、あきねーのその言葉にわずかな心の痛みを感じながらも、そのすべてを口に出して認めずにはいられなかった。
「大好きだった。おばあちゃんの食べさせてくれたものはぜんぶ・・・・・・大好きだった。」
そうして僕は、あきねーの打ったうどん越しに、おばあちゃんのうどんをまた思い浮かべていた。
すると、あきねーも同じくうどんを見詰め、神妙な面持ちで語り始めた。
「わたしね、おばあちゃんの味、受け継ぎたいって思ったんだ・・・・・・。」
それは、あきねーの思い出であり、想いでもあった。
「受け継ぐ?・・・・・・。」
僕が顔を上げてそう聞くと、あきねーはうっすらと瞳を潤ませていた。
「うん。おばあちゃんが私達孫に食べさせてくれたものすべて。」
「・・・・・・。」
僕は箸をおくことも忘れ、黙ってあきねーの話に聞き入った。
「わたしさ、ずっと一人暮らししてたじゃない・・・・・・。」
あきねーは、こっちで高校を出てから一昨年まで東京に居た。
都内の大学に通い、その後は都心に本社を置く大手商社に就職した。
「んで、五~六年くらい前かな。久しぶりにこっちに帰って来た時、実家には行かずにおばあちゃんとこに来たの・・・・・・。あ、お父ちゃんとお母ちゃんとこにはちゃんと顔出してから来たよ。おばあちゃんちに寝泊りさせてもらってたってこと・・・・・・。」
あきねーにも、僕と同じでここには居ない時期があったことを、僕はこの時初めて知った。
「でね、わたしその頃さ、東京での暮らしに疲弊しきってたっていうかさ・・・・・・色々とあった時期があってね・・・・・・。」
当たり前のことだけど、僕にもあるようにあきねーにも僕の知らないあきねーがいる。
「それでね、久しぶりにおばあちゃんのご飯食べさせて貰ったら、なんだかすごく懐かしくてね、それがすごく暖かくてやさしくて、わたしなんでか、おばあちゃんの前で涙出てきちゃったんだ・・・・・・。」
けれどもやっぱりあきねーは、ダレでもなくて僕のよく知るあきねーで、僕はその時のあきねーの気持ちがわかるような気がした。
「それで思ったんだ。『あー、おばあちゃんのご飯を毎日食べてたあの頃って、わたしすごく幸せだったんだなー』って・・・・・・。ここに帰ればさ、おばあちゃんのやさしい笑顔と、暖かくて美味しい手料理がいつも当たり前のように出てきてさ・・・・・・。」
僕にもそうだった。
ここに来ると、おばあちゃんのやさしさと美味しい手料理がいつも出迎えてくれていた。
あきねーのその言葉はまさに、目から鱗だった。
「そしたらおばあちゃんね、泣いてるわたしに言ってくれたの。『亜妃や、おばあちゃんのお願い、ひとつだけ聞いてくれんかね。』って・・・・・・・・・・・・。」
「?・・・・・・。」
あきねーはそう言うと、途端に口をへの字にしていまにも泣き出しそうな顔で俯いた。
僕は慌てて辺りを見回し、ティッシュを箱ごと掴むとそのままあきねーに手渡したのだ。
自分はすでに、涙で頬を濡らしていることにも気づかずに・・・・・・。
「ありがとう・・・・・・。フフフッ。はい、かずも・・・・・・。」
あきねーは少し笑顔を取り戻し、僕にもティッシュを分けてくれた。
「え?・・・・・・あ!・・・・・・ありがとぅ。」
まったくもってスットンキョーで締まりのない僕に笑い、あきねーは再び話しをはじめた。
「でね、おばあちゃん、泣いてるわたしにひとつだけお願い聞いてほしいって言ってくれたの。今すぐじゃなくていいから、わたしがそうしようかなって思った時でいいから『おばあちゃんと一緒に暮らしてはくれんかね?』って・・・・・・。」
それはまさに、おばあちゃんのやさしさだった。
おばあちゃんは僕だけでなく、僕たち孫にはいつもやさしかったんだ。
あきねーはそう言って、再びうどん越しに遠くを見つめた。
きっとその頃に思いを馳せて、おばあちゃんに「ありがとう。」と言っていたんだと思う。
それからあきねーは、その後もおばあちゃんのその言葉を励みにして、東京に戻っても頑張ってこれたんだと話した。
毎年お盆とお正月には帰省して、おばあちゃんの手料理と笑顔に元気を分けてもらいながら・・・・・・。
その後僕とあきねーは、静けさに包まれながらしばらくの間、おばあちゃんのやさしさを思い偲んでいた。
ふと見ると、あきねーの表情には一瞬曇りが見えた気がした。
しかしそれはすぐに気のせいだと打ち消されるように、あきねーの話しは再び始まった。
「みんなそうだったと思うんだよ・・・・・・。」
「・・・・・・みんな?」
「うん、みんな。かずもそうだし、わたしもそう。冬美ちゃんもそうだろうし、もっと言えばわたしのお母ちゃんも、かずの叔父ちゃんも・・・・・・。みんなおばあちゃんのご飯食べて大きくなって、それでやさしさ貰って元気貰っていまここにいるんだよ。みんな・・・・・・。」
まさにそうだ。その通りだと思った。
そう思ったらなぜか、再び涙が零れ始めた。
「うん・・・・・・そうだね。その通りだね。あきねー・・・・・・。」
その様子を見て、あきねーはティッシュを箱ごと僕にくれると、誇らしげな笑顔でこう言った。
「だからさ、わたしは受け継ぎたいって思ったの。みんなに沢山やさしさ与えて、みんなに沢山元気くれたおばあちゃんの手料理。もうこのまま、食べられなくなっちゃうのって絶対にいやだって思ったから。」
僕はもう、言葉すら口にできず、只々熱くなった目頭を押さえて『うん、うん。』と頷くことしかできなかった。
そんな僕を見てあきねーは、やはり笑顔で「もぉ、そんなに泣かないでかず。ごめんね、なんか。長々と語り出しちゃって。お汁冷めちゃったね。温め直してこようね。」と言ってお椀を取って立ち上がった。
しかし僕は、そんなあきねーとおばあちゃんのやさしさが込められたお汁を温め直してもらうなんて、なんだかとても失礼で申し訳ない気がして、お椀を持ったあきねーの手を掴むと首を大きく横に振り
「いい・・・・・・。だいじょうぶ。このまま・・・・・・このままいただきます。このまま。このままで。」と、声になってない声であきねーにつぶやいた。
「え?いいの?・・・・・・ほんとに?脂浮いてるけど・・・・・・。」
あきねーはそう言うと戸惑いながらもお椀をお膳に置き、笑いながら「さ、じゃあ今度こそ頂きましょ。どうぞ、たんと召し上がれ。」と、僕にあきねーのうどんを勧めてくれた。
僕も「いだだぎまふ!」と手を合わせ、あきねーの想いとやさしさがこもったうどんを泣きながら口いっぱいに頬張ったのだ。
あの頃のおばあちゃんのやさしさも、一緒に心で噛みしめながら。




