やさしいところ
~これまでのあらすじ~
ある夜、千成のもとに姉の冬美からLINEが入った。
それは、大好きなおばあちゃんの逝去を報せるLINEだった。
千成は次の日おばあちゃんちへと向かい、そこで懐かしい思い出とともに今までの自分の愚行を悔いたのだった。
『カクヨム』様にて投稿させて頂いております短編小説“やさしいところ”の長編編集作第11話となり、これにて最終話となります。
お読みいただけましたら幸いです。
英金瓶
告別式が終わり、僕らはその後斎場で繰り上げ初七日を執り行って精進落としを頂いてからおばあちゃんちに帰ってきた。
おばあちゃんちに戻ると、葬儀の時の祭壇はきれいに片付けられていて、代わりに四十九日まで御骨を祀っておく後飾り祭壇が設けられていた。
斎場から、小さくなったおばあちゃんをずっと抱きかかえてきた父さんは、そこにおばあちゃんを降ろすと自分も祭壇の前に腰を下ろして静かにおばあちゃんの御骨を見つめていた。
誰とも話さず、ずっと静かに黙ったままで。
僕はそんな父さんの背中を見ていて、なんだか少し淋しさが蘇ってきた。
「おつかれさま。」
そう言って隣にそっと腰を下ろすと、僕は台所から持ってきた缶ビールを「ほい。」と父さんに差し出した。
「おぉ。」
父さんは一言だけそう返すと、作った笑顔を僕に向けてビールを受け取った。
手にしたビールをジッと見て、開ける素振りも見せない父さん。
僕はそんな父さんに「献杯。」とノンアルコールのビールを掲げ、父さんの持つビールにコツンとぶつけて口に運んだ。
そうしてようやく父さんも、つられて缶をプシュッと開栓て口に運んだ。
「ふーっ」
一口、また一口と流し込むたび、そののど越しを味わうように父さんは、鼻から息をふーっと漏らして笑みをこぼした。
「ん?なに?。」
その微笑みがなんなのか、僕が理由を尋ねると父さんは「いや・・・・・・。」と答え、再び笑ってこう言った。
「旨いな、ビールって・・・・・・。」
「え?」
あまりにも当たり前すぎて意外だった答えが返ってきて、僕が「ふっ」と鼻で笑うと父さんは
「いやビールってさ、どんな時に飲んでも旨いんだなーって思ってさ・・・・・・。」と笑って言った。
だから僕も
「そうだね。旨いよねビールって。」と笑って返した。
そうして僕と父さんが他愛もないことで笑っていると、姉ちゃんと母さんが「そろそろお暇しましょうか。」と声をかけてきて帰り支度を始めた。
僕はまだ、父さんともう少しだけこうしていたいと思ったから
「え?なんで?まだ六時前だよ。もう少しゆっくりしていこうよ。伯父ちゃん達もまだ戻って来てないんだしさー。」と、父さんと母さんを引き留めた。
すると
「んー、だけどあんまり遅くなっちゃうとさ、夢仁さんたちが大変になっちゃうから・・・・・・。」と、母さんは姉ちゃんと夢仁義兄さんを気遣った。
父さんと母さんは、姉ちゃんたちに送ってもらうことになっていたのだ。
これまでの僕ならば、ここであっさりと諦めているのだが、なぜかこの時は珍しく聞き分けが悪く、どうしても父さんともう少しこうしていたいと思ったから
「だったらさ、帰りは僕のに乗って帰ればいいよ。」と母さんに提案した。
「そうすればさ、姉ちゃんたちも慌てなくてすむんじゃない?ねえ。」
そう言って僕は、後ろで帰り支度を進めている姉ちゃんにも詰め寄った。
すると姉ちゃんと母さんは「あら珍しい。」と顔を見合わせ帰り支度を途中でやめて「じゃあそうしようか。」と再び六畳の居間に戻っていった。
「大丈夫なのか?」
「ん?なにが?」
「おまえ明日仕事だろ?」
「うん。」
父さんはそう言って引き留めた僕を気にかけてくれたが、僕はそんな父さんに「大丈夫だよ。」と笑顔を見せてノンアルコールをグイッと呷った。
「そっか。」
そして父さんは、そんな僕を見て「ふっ」と笑った。
やがて二人が一缶目を空けようとしている頃、父さんが静かに思い出話を語り始めた。
その思い出話には、父さんが小さい頃のおばあちゃんが一緒にいた。
「あそこにさ、小さい畑あるだろ・・・・・・。」
父さんはそう言って、窓から見える庭の隅を指差した。
「父さんが小さい頃な、あそこらへんに柿の木が植わってたんだ。」
そう言って父さんが指差した庭の畑は、夏になると不格好なキュウリやトマトが実をつける、僕にとっても思い出深い場所だった。
だけど今は、そう思い出話を話す父さんの表情のほうが見たかったから、僕はその場所を父さんに譲ることにした。
「それでな、毎年その柿の木が実をつけるんだけどな、その柿がさ、年によって甘かったり渋かったりしたんだよ。」
そう言って父さんは庭の遠くを眺め、笑顔を見せてビールの缶を口に近づけた。
「へぇ~。柿ってそうなんだぁ。年によって味が違うなんてね。僕は種類で渋かったり甘かったりするもんだと思ってたよ・・・・・・。」
そうして僕が父さんの話に相槌を打つと、父さんは近づけた口を放し、得意になって話し始めた。
「おぉ。普通はそうらしいんだ。種類で甘かったり渋かったりでな。珍しいみたいなんだよ、うちのはさ・・・・・・。」
そう言って僕に向く父さん。
その表情はとても楽しそうで、僕はとっても嬉しかった。
「んでさ、甘い年はいいんだよ。腹減ったらもいでその場で食えるから。問題はさ、渋い年だよ。」
そう言うと父さんは、最後の一口をグイッと飲み干して再び話し始めた。
「そんな年はさ、姉ちゃんとタッグ組んで全部もいじまうんだ。父さんが木に登って、姉ちゃんがその下で籠もって待機しててな。まるで猿蟹合戦の猿と蟹みたいにしてな。」
父さんの言う『姉ちゃん』とは、冬美ではなく父さんのお姉さん。つまり、あきねーのお母さんで伯母ちゃんのことだ。
僕は父さんが「猿蟹合戦みたいに・・・。」と言ったから、「え?じゃあ父さんは伯母ちゃんに柿投げつけたの?」と冗談交じりに驚きながら聞き返した。
すると父さんは
「バカ言え。そんなことしたら父さん、上まで登ってきた姉ちゃんに蹴っ飛ばされて、真っ逆さまに突き落とされちまうだろ。」と笑いながら否定した。
僕はそれを聞いて、まるで冬美と僕みたいだと大笑いした。
そうして父さんと二人で笑っていると、あきねーがタイミングよくビールのおかわりを持ってきてくれた。
「なんの話?二人してそんな大笑いしてー。」
見ると手に持ったお盆には、缶ビールとノンアルコールのビール。そしてお酒の宛として盛られた小鉢には、菜っ葉のお醤油炒めみたいなものが乗っかっていた。
すっかりご機嫌になった父さんは「おう。ありがと、ありがと。」とビールを受け取ると
「いや、おじさんのね、昔話をしててさ・・・・・・。」とあきねーに話した。
するとあきねーは
「えー、それ私も聞きたい!」と、お盆を置いて隣に座り、父さんの話に耳を傾けた。
それを聞いて、さらに気分を良くした父さんは
「聞いてくれるかい?」と言って、再び思い出話を話し始めた。
「それでな、そのもいだ柿をどうしたかっつーと、それを母さんのとこに持っていくんだ。」
父さんの言う『母さん』とは、おばあちゃんのことだ。
「そうすると母さんはさ、それを焼酎で渋抜きして干し柿にしてくれたんだ。だいたいそうだなー・・・・・・吊るしてから二~三週間目ぐらいから食べられるようになってな。それがまた甘くてね、旨かったんだぁ・・・・・・。」
父さんはそう言うと俯いて、遠くを見つめた。
きっとおばあちゃんの干し柿の味を思い出しているんだと僕はその時思った。
「もう・・・・・・食べらんないんだよな・・・・・・あの味。」
父さんはそうこぼすと、二本目のビールを開栓てグイッと大きく呑み込んだ。
そうしてあきねーが出してくれた酒の宛に箸をつけようとすると、途端に表情を変えてその小鉢を見つめた。
「あれ?・・・・・・。」
そう言って小鉢を取り、中身をまじまじと見つめる父さん。
するとそんな父さんにあきねーが
「え?虫とか入っちゃってる?」と聞き返して一緒に覗き込んだ。
「いや。虫は入ってないけど、これって亜妃ちゃん・・・・・・。」
そう言ってあきねーに小鉢を差し出す父さん。
見ると父さんの瞳は少し潤んでいるように見えた。
「え?それ?それ、大根の葉っぱ。あ!ごめんねお客様に大根の葉っぱなんか出して。いま、お酒の宛になるようなものそれくらいしかなくて・・・・・・あれだったらなんか別のもの持ってこようか?」
そう言って立ち上がろうとするあきねー。
すると父さんはそんなあきねーを制止して
「いや、違うんだ・・・・・・。」と、小鉢の中を愛しそうに見つめた。
「懐かしいなー・・・・・・。」
そう言って小鉢を見つめたまま、今にも涙を零しそうになる父さん。
僕はそれを見て、きっとその大根の葉っぱの炒め物もおばあちゃんのレシピなのだと気が付いた。
「父さんそれね、あきねーが作ったんだよ・・・・・・たぶん。」
僕は一昨日の夜あきねーが「おばあちゃんの味を受け継ぎたいの!」と言っていたのを思い出し、半分当て推量でそう父さんに教えた。
言ったことが憶測だったものだから、僕は言葉にしてからすぐあきねーを見て、それが正しかったかどうか目で確認した。
まさかこの期に及んで「違うよ。それ、スーパーの総菜だよ。」なんて言わないよな・・・・・・。
そう胸に不安を抱きながら、あきねーに目をやる僕。
するとあきねーは小さく頷き
「それね、おばあちゃんに教わって作ったの。叔父ちゃんの思い出の味かどうか、よかったら食べてみて。」と、泣きそうな父さんに勧めた。
「え?これ・・・・・・亜妃ちゃんが?」
そう言って驚きながら、小鉢に箸を進める父さん。
そうして一口味わうと父さんは「うん。おいしい・・・・・・母さんの味だ。」と大粒の涙をぽろりと零した。
ほっとして笑顔を零すあきねー。
僕はそんな二人の光景を目にして、どっかで見たような・・・・・・。とデジャブを感じながらももらい泣きしそうになっていた。
そうして僕と父さんとあきねーの三人で、泣いたり笑ったりをしていると、一度自分ちに戻って着替えてきた伯父ちゃんと伯母ちゃんが、料理と一升瓶を手にして帰ってきた。
「成穂君、どうだい?」
そう言って一升瓶を掲げ、笑顔で父さんを誘う伯父ちゃん。
一方の父さんは「おう!」と元気な声で応え、いままでの雰囲気はどこへやらといった感じで、ビールと小鉢を手に伯父ちゃんに寄っていった。
呆れた顔して「やれやれ」と見つめ合う僕とあきねー。
こうしてここからは、献杯という名の宴が始まったのだ。
もちろんその宴が真夜中まで続いたのは、言うまでもない。
そうして夜中まで続いたどんちゃん騒ぎの光景を、僕はどこか懐かしい気持ちで見ていた。
この光景こそが僕の記憶の中のおばあちゃんちで、これこそが僕の思い出だったからだ。
ここには大好きなみんながいる。
父さんがいて母さんがいて、姉ちゃんがいてあきねーがいて、伯父ちゃんがいて伯母ちゃんがいて、いまでは夢仁義兄さんに美雨ちゃん。そして小さい千成君がいて。
おばあちゃんは亡くなってしまったけど、ここに来ればいつでも会える。
やさしい記憶のおばあちゃんに会える。
僕はそんな気がして疑わなかった。
伯父ちゃんが言っていた。
「後悔があるということは、そこに想いがあるからなんだ。」と。
そして僕は思ったんだ。
想いがあるということは、そこに必ずやさしい記憶があるからなんだ。
後悔は想いのところ。
想いのところはやさしいところ。
そうして僕らは、いつもやさしいところに抱かれている。
過去も現在も、そして未来も。
僕らはずっと、やさしいところに抱かれている。
~あとがき~
短編から数え、半年以上かかってようやく主人公 千成の人生の一ページを描き終えることが出来ました。
これから先、彼の人生はまだまだ続くことと思いますが、私が描くのはひとまずここまで。
ここから先は、彼自身にお任せしたいと思います。
これまでお付き合いいただきました読者様。
最後までお読みいただきありがとうございました。
また別の私の妄想の日常にお付き合いいただけましたら幸いに思います。
本当に心より感謝申し上げます!
ありがとうございました‼
英金瓶




