おばあちゃんち
この作品は、昨年カクヨム様にて行われました第二回角川武蔵野文学賞応募作品を、再び再編集させていただいた作品です。
当時は文字数制限などもあり、泣く泣く省略したシーンなども織り込んで、私なりに再編集させていただきました。
予想通り、一話(三千文字程度)では収まり切らず、二話目、三話目を考えております。
お時間ありましたら、お目汚しのほど、宜しくお願い申し上げます。
英金瓶
週の初めの夜遅く、姉ちゃんからLINEが入った。
埼玉の祖母が息を引き取ったという知らせだった。
享年98歳。
苦しむことなく、眠るように旅立ったそうだ。
「一か月くらい前から、あまりご飯を食べなくなったみたいだよ。」
そう、姉ちゃんからLINEがあったのが、ついこの間のこと。
会話の終わりには「おばあちゃん、千成に会いたがってる。時間があったら顔見せに行きなね。」というメッセージも添えられていたが、僕は会いに行かなかった。
その時は、こんなに身近に別れが迫っていたとは思ってもみなかったから・・・・・・。
ショックで頭の中が真っ白になった僕は、「知らせてくれてありがとう。」と一文だけ返し、この日はなにもしないまま布団に深く潜り込んだ。
小さい頃のおばあちゃんとの思い出に思いを馳せ、今更ながらの後悔に苛まれながら・・・・・・。
翌日。
僕は仕事が終わってから、おばあちゃんちに向かうことにした。
僕が働く小さな町工場からはバイクで大体2時間弱。
着いた頃にはとっぷりと日も暮れていて、おばあちゃんちの周りは田んぼや畑ばかりだから、辺りは真夜中のようにひっそりと静まり返っていた。
「ごめんくださーい!」
何度かたてつづけに呼び鈴を押したが、壊れているのか中で鳴っている様子がいっこうになかったので、僕は仕方なく玄関先で大きな声で叫んだ。
「すみませーん!!」
普段はあまり大きな声など出したりはしないものだから、僕はなんだか少しオドオドしながら暗い玄関先で家人を待った。
これで誰も出て来なかったら、どうしようか・・・・・・。
そう懸念しながら、僕は中の様子を静かに探った。
すると、「どちら様ですか?」と、中から懐かしい声が聞こえてきた。
「あ!おばちゃん?!ぼくです!夜分遅くすみません!千成です!ご無沙汰してます!」
「え?!かず?!」
おばちゃんは、突然の僕の訪問に驚いたようすだった。
無理もない。僕は連絡も入れずに突然訪れたのだから。
カチャン!カチャン!
扉の向こうでは鍵が忙しく開けられる音。
続けて勢いよく開かれた扉からは、懐かしいおばちゃんの顔・・・・・・ではなく見知らぬ女性?!。
「え?あれ?・・・・・・ここって・・・・・・。」
僕は予想外の展開に戸惑い、思わず身を一歩引いて辺りを見回しながら、ここがおばあちゃんちであることを再確認した。
すると、見知らぬキレイな女性はそんな僕にこう言った。
「お母ちゃんじゃないよ!亜妃だよ!」
「え?!うそ!え?!えぇ?!」
見知らぬキレイな女性は、従姉のあきねーだった。
「いやー、かずだー!久しぶりぃ!あんた変わってないねー。まんま大きくなってる!」
「え?・・・・・・そっかな。」
あきねーとは小さい頃にはよく遊んだが、いつしかここに寄り付かなくなってからは、まったく顔を合わしていなかった。
なので、こうして顔を合わせるのは十数年ぶり。
誰もがそうだと思うが、思春期くらいから親戚の家に行くのがなんだか億劫になって、そのままどんどん来づらくなるパターン。
僕もそんなパターンで、おばあちゃんちからは足が遠退いていたのだった。
小さい頃、やんちゃでお転婆だったあきねーは、久しく会わない間に美しい女性へと変貌していた。
「よく来たね。遠かったでしょ!さ!入って入って!」
久々の再会に、ストレートに歓喜するあきねー。
僕はそんなあきねーとは裏腹に、なんだか素直には喜べないでいた。
家に上がると、あきねーはそのまま僕をおばあちゃんが眠る大広間へと案内してくれた。
おばあちゃんは、蝋燭の灯った薄暗い部屋で眠っていた。
一昨年の暮れあたりから、おばあちゃんはこの部屋でほぼ寝たきりで過ごしていたそうで、あきねーもそのぐらいの頃からここに移り住んだと姉ちゃんからは聞いていた。
「おばあちゃん、電気点けるよ。」
あきねーはそう言うと、おばあちゃんの眠る大広間に明かりを灯した。
「ははは・・・・・・また言っちゃった。もう、『眩しいよ!』って言わないのにね・・・・・・。思わず言っちゃうよ・・・・・・。」
そう言って見せたあきねーの笑顔は淋しそうだった。
僕はそんなあきねーに何も言ってあげられず、ただ大広間の隅でぼーっと突っ立っていることしかできなかった。
「おばあちゃん。かず、帰ってきたよ。」
あきねーはおばあちゃんにそう語りかけると、ぼーっと突っ立ったままの僕の手を引きおばあちゃんの枕元まで連れて行った。
「・・・・・・。」
「ほら。おばあちゃんにちゃんと顔見せて『ただいま』って言ってあげないと・・・・・・。」
成すがままでなにも喋らない僕にあきねーはそう言ったが、僕は話すどころかおばあちゃんの顔をまともに見る事すらできなかった。
十数年ぶりのおばあちゃんの寝顔。
もう二度と目を覚ますことのない、おばあちゃんの寝顔。
なんで来てしまったんだろう。
感情に任せて来てしまったが、お通夜とか告別式の時にその他大勢に紛れて来れば、ひとりでこんな辛い思いしなくて済んだのに・・・・・・。
なんでいままで来なかったんだろう。
月に一度、いや、年に一度でも顔を見せに来ていれば、こんな苦しい思いはしなくて済んだのかもしれないのに・・・・・・。
おばあちゃんの安らかな寝顔を前に、僕には只々後悔しかなかった。
「おばあちゃんね、最期の方は認知症入ちゃってね・・・・・・。」
「・・・・・・。」
黙ったままの僕を見かねてか、あきねーはおばあちゃんの晩年のことを話し始めた。
「それでおばあちゃん、夕方になると決まって『千成は帰ってきたのかい?』って聞いてきたんだ。かず、居ないのにね。」
僕はそれを聞いて心が痛かった。
あきねーに遠回しに責められているのかなとも思ってしまった。
「でもね、私ある日思ったの。おばあちゃんが居るのって、現在じゃないのかもって。」
「え?いまじゃないって?」
「そう。現在じゃなくてあの頃。私や冬美ちゃんがまだ中学生で、かずがまだ小学生だったあの頃。」
「・・・・・・。」
あきねーにそう言われ、僕は昨晩思い出していた小さい頃のことを、再び思い返していた。
「あの頃あんたたちってさ、夏休みの度にこっち来てたじゃない・・・・・・。」
そう。あきねーの言うように、あの頃僕ら姉弟は夏休みになるとおばあちゃんちに遊びに来ていた。
僕はおばあちゃんちに来ると、東京では味わえないカブト虫やクワガタ獲りに夢中になり、時間を忘れて遊びまわっていた。
そしていつも日が暮れてからの帰りになってしまうと、姉の冬美やあきねーに「おばあちゃんに心配かけるな!」と、叱られていた。
僕は小さい頃からずっと、おばあちゃんに心配ばかりかけていたんだ。
「おばあちゃん、よかったね。かず、ちゃんと帰ってきたよ。」
僕があの頃を思い返して涙ぐんでしまっていると、あきねーはおばあちゃんが愛用していた櫛をどこからか持ってきて、丁寧におばあちゃんの髪を梳いていた。
「よし。べっぴんさんになった。かず、おばあちゃん見てあげて。べっぴんさんになったでしょ?」
「え?」
そう言われて僕は、無意識のうちに身を乗り出して、べっぴんさんになったおばあちゃんを覗き込んだ。
「ほんとうだ。おばあちゃん、すごくべっぴんさんだ。」
ようやくおばあちゃんの寝顔をまともに拝めた僕の瞳からは、堰を切ったように涙が溢れ出した。
そして僕の涙はおばあちゃんの目のあたりに零れ落ち、まるでおばあちゃんも泣いているように僕には見えた。
おばあちゃん・・・・・・ごめんね。
おばあちゃん・・・・・・ありがとう。
おばあちゃん・・・・・・ただいま。
僕は声にならない言葉で、十数年ぶりにおばあちゃんと話しをした。




