六日目 夢
一五三九年(天文七年) 八月 我が家
翌朝、いつものように水を汲みに行き、母さんの手伝いをしていた。
戦に出たいとばかり思っていたけど、出たところで、活躍できるとは限らないし、何より農民だからな。
信長でもない限り相手にしてくれないだろうな。
どうしよう。
「心ここにあらずって感じね」
「ごめん、母さん。少し考え事をね」
「この頃ずっと悩む程、大事なことなの?良かったら母さんに聞かせてみなさい!」
気づいてたんだ。
母親だもんな。
すーっと大きく息を吸い込んだ。
「実は俺、未来から来たんだ」
なんて事、言えるはずもなく。
少し間を空けて打ち明けてみた。
「俺、戦に出てみたい」
母さんの横顔は少し悲しい顔をしていた。
そして、俯いたままこう答えた。
「私は出て欲しくないな。だって、大切な息子が死んじゃうかもしれない所に行くなんて嫌だもの」
ごもっともだ。
昔、柔剣道を始めると前世の母さんに言った時も同じような事を言われた。
「でも、でもね!もし菊吉がとーっても強くて、沢山武功をあげてくれたら母さんとーっても嬉しいな!」
「ほんと?その時は応援してくれる?」
「もちろん!そのまま天下も統一しちゃえー!なんて!」
天下統一....。
そうだよな、二度目の人生なんだ、夢はでっかくいかないと!
母さんは冗談で言ってそうだったが、俺の心に火がついた。
「母さん。俺、頑張るよ!」
俺は出来るだけ早く手伝いを終わらせて、すぐ森に向かった。
もちろん特訓をするためだ。
「菊吉ーーっ!!」
お、若虎だ。
「今日も森に行くのか?」
「ああ、森は天然のスポーツジムだからな!」
「す、すぽーつ?よ、よく分からんが、僕も行く!また鬼ごっこしよ!」
おっと、つい現代語が出てしまった。
「鬼ごっこもいいんだけどな。今日は木登りをしよう!」
「木登りか!木登りも僕は得意だ!よく兄さん達とやっていたからな!」
「ほほう。腕前見せてもらおうか」
そう言って森へと向かった。
何故、今日は鬼ごっこではなく、木登りかと言うと、腕力を鍛えるためだ。
鬼ごっこは足腰と体力強化に偏っている。
それと正反対の特訓が木登りだ。
自らの体を腕だけで引き上げる。
言わゆる懸垂だな。
「菊吉、僕はこの木にする!」
若虎は早くも登る木を定めたらしい。
俺は....。
「これにするよ」
三メートル程の檜だが、ギリギリ届くところに太い枝が生えている。
最初、幹を蹴りあがって一本目を掴めれれば、後は鉄棒の感覚で...。
「よしっ!」
「準備はいいよ!」
「じゃあ、始めっ!」
予定通り、一本目の枝を掴んだのはいいものの....。
「体が上がらない....」
何度試しても、ピクリのもしない体。
自分の腕力に嫌気がさすよ...。
「はぁ...はぁ...。こうなったら幹に足をかけて無理やり登るか」
「おーい!菊吉ー!」
若虎に呼ばれたが、辺りを見渡しても姿が見えない。
それに若虎の声は俺より瑶か上から響いていた。
もしかして....。
「ここだよっここ!僕はもう登りきったよ!」
文字通り木の先端まで登りきっている若虎を見上げ、
どんだけ運動神経良いんだよ。
最早サルだな。
もう若猿でいいじゃないか...。
ほいっほいっと身軽に木を降りる姿は正しくそれであった。
「菊吉、今失礼な事思ったでしょ」
な?!勘までいいのかよ...。
野生の勘ってやつか。
「べ、別に思ってないよ!それより、俺には木登りは無理そうだ....」
「そっか。それより、また菊吉に勝ったぞ!」
鬼ごっこと言い、木登りと言い、体を動かす勝負には負けてばっかりだ。
筋肉がまだまだ足りない。
唯一勝てたのは組手か...。
あれは若虎が突っ込んでくるから、応じ技してるだけなんだけど。
よし、組手でもして鬱憤を晴らすか!
「ふふふ、ならば組手で勝負だ!」
「ええー!あれ、菊吉強すぎるもん!」
「これで勝てなきゃ本当に勝ったとは言えないなぁ」
「ぐぬぬ、そこまで言うなら望むところだ!」
こんな挑発に引っかかるとは思ってなかった...。
まぁ、五歳児だもんな。
「よし、やるか!」
「いざ、尋常に!!」
結局その日は、日が暮れるまで若虎と組手をし、ボコボコにした。
帰り道、俺は一人考えていた。
農民が天下統一するどうすればいいんだ?
うーん...。
戦で大きな武功を挙げて、取り立ててもらうか。
誰かの伝手で、長宗我部家臣に引き合わせてもらうか。
いや、俺に伝手なんてないし、後者はないかな。
武功を挙げるにしろ、今は筋力が足りなさ過ぎる。
まずは、毎日森での特訓に腕立て、腹筋、背筋の基本も付けるか。
「よしっ!頑張るぞーー!!」
「急にどうしたんだ?」
「....なんでもない」
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