三十八日目 香宗の戦い
一五四七年(天文十六年) 十一月十四日 香宗城下
国虎出陣の報せがあってから三日が経った。
国親の命により、各村から人が集まり総勢千五百人になった。
前の戦から時が経っていないため、あまり人は集められなかったらしい。
足軽は城に二百人残し、五百人が出陣する。
国虎軍千五百に対しこちらは合計二千の兵を率いて出陣した。
前回と同じく大将は長宗我部国親、先鋒は吉田重俊、中堅は福留親政の布陣。
「敵は真っ直ぐこちらに向かっている!それに対し我らは一度香宗城に入り、そこで一戦まじえる!皆の者、心して進め!」
「「おおっ!!」」
今回、俺たち足軽隊は福留親政率いる中堅部隊に配属された。
要は、先鋒の農兵の後ろから弓で援護する感じだ。
香宗城を目前に控え、長宗我部軍の歩みは止まっていた。
どうしたのだろうか、と思っていると早馬がやってきた。
「既に敵軍が城を包囲している!よってこれより一戦交える!心せよっ!!」
そう言って大将隊の方へ駆けて行った。
しばらくした後、法螺貝が吹かれ前方からは地を揺らす程の雄叫びが上げられていた。
始まったか。
確か前回、中堅部隊は先鋒の俺たちが危なくなった時、大将部隊と一緒に左右から前線を上げていたな。
前回と同じ感じなのかな。
いや、敵が他家だとしても同じ手は使わないだろう。
それに前回は先鋒の大将が死んでいたからな。
また同じになるとは思えん。
とりあえず、弓を打とう。
そう思っていた矢先、背後から親政の声が聞こえてきた。
「此度!中堅部隊は先鋒部隊と混じり前線を一気に上げていく!数ではこちらが勝っている!皆の者、儂に続け!!」
親政は俺たちの前に、更には先鋒部隊の前に行かんばかりの勢いで駆けて行った。
どうやら今回の戦は早く終わらせたいらしい。
きっと本山家がいつ攻めてきてもおかしくないからだろう。
とりあえず、あの隊長に着いていくのが得策だ。
そうすれば前線で活躍出来るはず。
親政の躍進により、急激に前線が上げられた。
重俊と連携を取りつつ二部隊で敵兵をみじん切りにしていく。
熊のような見た目で片手に斧を振り回す大男を見た敵兵達は、福留親政だ!と言い、後ずさりをして行くため、勢いよく前線を上げていた。
しかし、そんな親政を止める者がいた。
「き、貴様は...!」
「我が名は安芸備後守国虎である!福留儀実殿とお見受けした。いざ尋常に手合わせ願う!」
「敵大将がおのおのやってくるとは。良いだろう。その首討ち取ってくれるわ!」
前線の中にポツリと空いた穴、その中に獰猛な熊とまだ幼い虎が放り込まれた。
この二人の一騎討ちがこの戦の勝敗を決めると思った兵達は皆、手を止め行方を見守っていた。
安芸国虎は数え歳で十七だが、三年前に父、元泰が死去したため、家督を継いだ。
兄の泰親は早くに病死しているため、次男でありながら当主となった。
文武共に才を持ち、土佐七雄の一角に数えられる程の実力者、と言われている。
それは親政との一騎討ちを見て取れる。
長宗我部一の猛将に引けに劣らぬ戦いを見せていた。
「お主、なかなかやりおるのぉ!」
「儀実殿にそう言ってもらえるとは、嬉しゅうございますっ!」
「我が斧でも断ち切れぬ刀があろうとはな!」
「この刀は我が家に伝わる名刀。そう易々と切られては困りまする!」
斧と刀が火花を散らしている頃。
俺たち中堅部隊はようやく親政に追いつき、前線に辿り着いた。
しかし周りは雑兵のみで活躍の兆しは見えない。
さて、どうしたものか。
熊と虎が戦い、それを見守る兵たちの姿。
その光景がどれほど続いただろうか。
初めはほぼ互角だったが、時間が経つにつれ、熊が押しているように見える。
「備後守よ!そんなものか!」
「くっ...!」
少しずつ前線が押しあがっていく。
そんな時、敵の本陣から撤退を合図する法螺貝の音が聞こえてきた。
「ここまでのようだな。儀実殿と手合わせ出来たこと光栄に思いまする」
「待て!貴様ここで引いてどうする!儂らは城を取るために進むぞ!」
「では、またそこで相まみえることを願っておりまする。では、これにて」
そう言って国虎は兵を率いて下がって言った。
「....バカにしおって。全軍、これより追撃を行う!進めー!!」
「「おおっ!!」」
前線の維持をしていた俺ら足軽隊はその指示を聞き、敵を追っていった。
ここまで来て撤退って...。
このまま行けば追い込まれるのは目に見えているのに。
余程、籠城戦に自信があるのか。
それでも愚策すぎる。
なんで下がる...。
そう思いながら敵兵を追っていると、前方に馬に乗っている重俊を見つけた。
「備後守様!」
「おお、菊之助!此度も活躍したか?」
「いえ、今回は大人しくしております」
「はっはっはっ!お主とて、毎回手柄を立てれるわけではないか!」
特に今回のような小さな戦では大きな手柄を立てるとしたら敵大将を打つぐらいじゃないと。
「お聞きしたいことがございます」
「なんじゃ?」
「なぜ、敵は撤退をして行くのですか?城が一つしかない以上ここで引いてしまっては...」
「そうじゃの、しかし、何か策があるのだろう。罠を用意しているか、援軍が来るのか」
「援軍でごさいますか?」
「ああ、国虎は一条右中将様の娘を貰おておる。そのため、一条から援軍が来れば挟み撃ちが出来るということじゃ」
じゃが...と重俊は続ける。
「一条は今、動けぬ。一条の北に宇都宮家というのがおっての。そこと婚姻をしていたのじゃが、右中将様が一方的に離縁をして恨まれておる。城を空ければ今度は宇都宮に攻めれるじゃろう」
確か一条房基は性格が狂気じみてたって本で見た気がする。
戦国の憂いとは言え、離縁なんて勿体ない。
切るのは一瞬でも婚姻の仲まで深めるには相当な労を要するはず。
「まぁ、安心せい。此度の戦で安芸家は滅びるであろうぞ」
そう言って重俊は去っていった。
もしも離縁のせいで一条が滅んだら...。
この戦で安芸が滅んだら...。
土佐七雄と呼ばれた男たちがこうも呆気なく死んでしまっては拍子抜けである。
俺たちはそのまま進軍を続け、三日後、とうとう国虎を安芸城へと追い込んだのであった。
長宗我部軍の追撃により、安芸軍はほぼ壊滅。
残り少ない兵で門を頑なに閉じ、籠城をしていた。
籠城戦の前に軍議を行う、と国親が号令を発し、家臣たちが自陣へと集まった。
「これは罠だと噂されておるが皆はどう思う」
「某も罠かと思いまする。しかしながら野戦にて兵を壊滅させたので、例え罠であろうと数で押し切れましょうぞ」
「敵の兵はたったの三百。籠城したとしてもそう長くは持ちますまい」
「うむ、他にあるものはおるか」
突撃あるのみだ!と親政。
それはない、と皆が口を揃える中、悲劇を告げる報せがきた。
慌ただしく足軽が軍議へと入ってきた。
「し、失礼つかまつりまするっ!」
「軍議中であるぞっ!」
「急を要する事にございましたので、ご容赦頂きたく存じまするっ!」
「して、何用だ」
「ははっ!早馬にて本山茂宗が兵を挙げ出陣したとの報せがっ!その数およそ七千!!」
「な、七千だと?!」
その場にいた誰もが手を止め足を止め、口を開けて驚いていた。
まるで時間が停止したかに思えた光景だが、程なくして各々頭を回転し始める。
「あ、あの領地でそのような数が集まる訳がなかろう!」
「そ、それが、軍勢の中には、一条と細川の旗印が...」
「ほ、細川だと?!」
「なぜ、細川が今出てくるのじゃ!あやつらは東の方で忙しいはず...!」
「我らの数はおよそ千五百。殿、どうされますか」
「引き返そうっ!!」
「儀実殿!お主に聞いておるのではない!」
「と、殿...」
七千...七千だと、と言ったっきり国親は黙っている。
なにか策を考えているのだろうか。
それとも....。
「虎次郎、お主はどう思う」
「恐れながら。ここで国虎を討ち、籠城するのが得策かと」
「お、岡豊を諦めよと申すのか!!」
「落ち着け、儀実っ!口惜しき事だが、儂にも良い手が浮かばぬ...。次郎も無いか」
「面目次第もございませぬ」
国親の一喝で静まり返る儀実と軍議。
そこに口を開ける者はおらずただ、沈黙だけが続いていた。
国親の右腕、波川清宗と左腕、吉田孝頼が手がないと言うのだ、無理もない。
その頃、俺はと言うと、軍議がどのようにして行われているか気になり、天幕の傍で聞き耳を立てていた。
どうやら軍議は七千と言う膨大な数に圧倒され、上手く進んでないようだ。
大多数に対しての合戦と言えば、織田信長の桶狭間の戦いや毛利元就の厳島の戦い。
どれも地形を利用して勝利にしている。
ならば、今回も地形を利用すればワンチャン...。
岡豊城は山城、しかも門に至るまでの道は細い。
もしも、そこを包囲すれば陸の孤島が完成する。
七千人を全て城内に入れることが出来れば....。
様々なパターンを頭の中で思い浮かべた。
少しでもミスれば失敗に終わる危ない橋だが、やるしかない。
やらなければ、長宗我部が滅ぶ。
「軍議中、失礼致します」
その場に居たものが全員、俺の方を見た。
誰だ、誰だと家臣達が騒ぐ中、重俊が気付き、声を上げた。
「き、菊之助っ?!」
それに続くように他の人も口を開いていった。
「なんだ、貴様はっ?!」
「儀実殿、彼奴は足軽ですぞ」
「な、なんじゃとっ?!ただの足軽が顔を出して良い場所ではないわっ!」
親政の怒りの情が俺を知らない家臣に移り始めた。
あまり良い雰囲気ではない。
せっかく打開策を思いついたというのに、提案もせず終わるのは嫌だ。
しかし、この雰囲気の中、発言する勇気はない。
どうしたものか。
困り果てた俺を見かねたのか、そこに国親の助け舟が流れてきた。
「良いっ!こやつはただの足軽ではない。儂が信を置く者よ。それにこやつは先の戦で茂辰の首を取っておる。本来であれば家臣に取り立てても良い人材よ」
感謝を現すために国親の方に一礼した。
「なっ!農兵の一人が槍を投げ当てたという、ふざけた話は真だったのか」
「ああ。次郎が風当たりが悪かろうと言い出さなければこの場にいたのじゃ。次の戦が終われば足軽大将にすると言う約束もしておる。.....しかし、もう、一戦交えてしまったの」
「で、ではっ?!」
「うむ。ここでこやつを足軽大将に任ずる事とする!」
良かったではないかっ!と重俊。
「有り難き幸せにございまする」
「して、何用でここに?」
「はっ!軍議が進んでおりませぬ様でしたので、私から一つ策を出してもよろしいでしょうか」
「な、なにを申すか!たかが足軽大将如きに!」
この人も懲りないなぁと思っていると、またもや国親が助け舟を出してくれた。
「申してみよ」
「はっ!まずは城内に居りまする、奥方様、若様、侍女達を一度城外へ避難させ、城を空に致します。そこに本山軍を誘き寄せ、門を固く閉ざし、逆にこちらから包囲、兵糧攻めにするのです」
「な、なんだそれはっ!こちらから城を明け渡し、包囲するなど聞いたことが無いわっ!」
やはり親政が突っかかってきた。
しかし、意外な事にこの策に国親の右腕が興味を示した。
「ほう、面白い。具体的に申してみよ」
「はっ!」
そこからは俺の演説会だ。
皆が皆、俺の話を静かに聞いていた。
途中、いくつか指摘があったが、それについても改善済み。
百点満点の回答で納得してもらうことが出来た。
後は国親がGOを出すのみ。
「殿、この策は試してみる価値がありまする。某の策では機を見い出せずに居ましたが、この策ならば可能性は十分に」
「.....ふむ、虎次郎が押すのじゃ是非も無い。他に良い策がある者はおるか?」
誰も口を開かなかった。
いや、開けなかったと言っていいだろう。
これ以上の策は誰も思いつけやしない。
「多少の犠牲は致し方無しか...。では、その策で行こう。皆の者、急ぎ支度を整えよ!」
「お、お待ちくだされっ!!」
「なんじゃ、儀実。まだ何かあるのか」
最後の最後まで突っかかる親政。
国親の顔にも呆れる様子が見られる。
「まさか、この足軽大将になったばかりの者に兵を持たせると?」
「うむ、そうじゃ。足軽大将なのだから問題はなかろう。遅かれ早かれ兵は持つ。それともお主が決死隊の指揮を取ると申すか?」
「死など恐るるに足らずっ!この命に変えても成し遂げてみせまする!」
「ならば、菊之助を与力として連れていけ。お主の目でこやつを見極めるが良い。それにこの策はこの者がおってこそのものじゃ。良いな?」
「しょ、承知っ」
親政は不服ながら俺を与力として迎えてくれた。
当分は口を聞いてくれなさそう。
とほほ.....。
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