二十二日目 岡豊の戦い参
一五四七年(天文十六年) 八月 岡豊
本山軍本陣にてーーー。
息子を討たれた本山茂宗は独りブツブツと俯いていた。
そこに入った急報で更に怒りが跳ね上がる。
「と、殿...!」
「なんじゃっ!さっきから!!」
「て、敵が物凄い勢いで先鋒部隊と中堅部隊に突撃し、前線が瞬く間に後退しております!」
「藤十郎は何をしておる!!儂は仇を討てと申したであろう!!」
「はっ!しかし、敵の勢いが強すぎて...」
「殿っ!!すぐそこまで敵が迫ってきております!!」
「殿、お逃げくだされ!!」
「くそっ!覚えておれ国親!!それと小太郎の仇!決して許さぬぞ!!」
長宗我部国親と福留親政の両隊は敵の中枢まで辿り着き、本陣を目前に捉えた。
"ブォォォォオオオ"
しかし、その直前で敵の法螺貝が長く鳴り響いた。
撤退の合図である。
見事、俺たちは本山茂宗を撃退したのである。
「殿っ!本陣は目の前だ、追撃を!!」
「いや、追わんでいい。こちらも想定より被害を受けた」
「あと一歩の所で逃げおって」
「よい、それより敵残兵の対処だ」
残された兵は逃げ惑い、落ち延びるか死の二択に迫られた。
落ち延びたとしても近くの村に立ち寄れば農民に殺される事もあり、ほとんどの兵が死ぬ。
「殿、敵兵は全て居なくなったとのこと」
「うむ、勝鬨を上げよ!」
戦に勝った時、大将を元に勝鬨というものを上げる。
今で言えば戦う前の掛け声だが、この時代では勝利の証だ。
「曳、叡!」
「「王ーーーー!」」
「曳、叡!」
「「王ーーーー!!」」
「「曳、叡、王ーーーー!!」」
前方から雄叫びのような勝鬨が聞こえてきたため俺たち先鋒部隊も勝鬨を上げた。
その後、俺たちは国親の指示の元、帰城した。
今回の戦は両者ともに被害は大きかった。
敵は先鋒部隊がほぼ壊滅、中堅部隊も半分ほど削られていた。
それに対し長宗我部軍は全兵力の四分の一を失った。
予想していた被害より多いため、敵の領地まで攻め入ることは出来なかった。
帰城した俺は村の皆と合流した。
「菊吉、どこ行ってたんだよ」
「すまんな若虎。少し前で戦ってた」
もう、名前の事を言うのも疲れた。
少し座って休もう。
「ふぅ...」
「菊之助、無事であったか」
「備後守様!」
休もうとしていた所で声をかけられ、慌てて姿勢を正した。
「楽にしたままで良い。少し話を聞いてくれ」
重俊は隣に腰を下ろし、今回起こった戦の発端を話し始めた。
国親は三年前、本山家次期当主の本山茂辰に自分の娘を嫁がせていた。
娘を差し出すことで血縁関係を持ち、義理を作ろうという政略結婚である。
しかし、今回本山家はその盟約を無視して攻めてきたのだった。
国親は激怒し、四千の兵を出して返り討ちにしようとした。
「と、言うことだ」
ふーん、なるほどね。
長宗我部を敵にするなんて、余っ程のバカだよ。
「ああ、本題がまだじゃったの。この度、本山茂辰を討った事で盟約が完全に無くなった。これで殿は正々堂々と娘に帰ってこい、と文を書けると大喜びだ。是非その者に褒美を摂らせたいと仰ってな」
「それで私を探していたと?」
「そういう事だ」
なるほど、と合点が行く俺に重俊は言った。
「これから殿にお主の事を報告する。明日、またここへ来てくれぬか?」
「承知しました」
うむ、と笑顔の重俊はそのまま去って行った。
「す、すげーじゃん!!」
俺よりも燥ぐ若虎を見ていたらいてもたっても居られなくなった。
「これは父さんに自慢しないといけないな!」
「菊之助ー!!無事だったか!!」
「わっ!父さん?!ちょっと、こんなとこで抱きつかないでよっ!!」
重俊と入れ違いに父さんがそこにいた。
「釣れないなー...。そろそろ村に戻るからと呼びに来たが。俺がどうかしたのか?」
「菊次郎さん!菊之助がすげーんだぜ!!」
「ん?なんだ?」
「実はな....」
「若虎、俺から伝えるよ。父さん、俺手柄立てたよ!」
「そんな早く上げられるわけないだろ!からかっているのか?」
そう言って笑ってくるが事実なのだ。
重俊から聞いた事をそのまま伝えた所、驚きその場で立ち止まった。
「父さん、口開きすぎだよ!とりあえず村に戻ろ!」
父さんは数分その場に立ち尽くしていた。
俺の舞い桜が決まった時より長くないか?と思いながら、再起動するのを待っていた。
「は?!」
と父さんは我に返ってきた。
「今から帰りか?」
「そうだよ」
「なんだ夢を見ていた。お前が凄く変な事を言う夢だ」
「全て事実だよ!」
帰りの全ての時間を使ってようやく父さんは信じてくれた。
村に着くと、それはもう自分の事のように言いふらしていた。
親バカすぎだ。
俺は嬉しい気持ちと恥ずかしい気持ちでいっぱいになり、その日はそのまま床に着いた。
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