十日目 姫若子(後編)
一五四五年(天文十三年) 八月 村近くの森林
俺は山賊に連れ去られている子を助けた。
「我は、弥三郎である。お主は武士か?助けてくれたこと礼を申すぞ」
弥三郎...?
ええっ?!
女の子じゃないの?!
いや、女で弥三郎なのか。
....んなわけないよな。
「君、男なの?」
弥三郎は鋭い目をこちらを向いた。
「初対面であるお主でさえ、我のことを女だと思うのか」
「ごめん!肌が綺麗で優しい目をしてたから....。」
「......」
弥三郎は俯きなにかブツブツ言っている。
耳を済ませて聞いてみると....
「泣かない、泣かない、泣かない...」
バッと弥三郎が顔を上げ...
「泣いてなんかない!」
「いや、泣いているようにしか見えん」
「うう...。我はこんな見た目で泣き虫だから、家中で"姫若子"って皮肉を受けるんだ」
ん?姫若子?弥三郎?
「は!!君は!!」
と言いかけた時、俺は手で自分の口を塞いでいた。
弥三郎って、あの長宗我部元親の幼名じゃないか!
しかも、元親は子供の頃、見た目や軟弱な性格から"姫若子"と呼ばれてバカにされてたんだ!
どこかで聞いたことある名前だと思った。
そう、この白い肌に紫に近い色の髪と瞳をした男子こそ、後に四国を統一し、土佐の出来人と称される、長宗我部元親である。
まだ、元親って名前じゃなかった。
言わなくて良かったよ。
そう安堵している真後ろから異様な気配がした。
俺はすぐ様振り向き、木刀を構えた。
そこにはさっきまで倒れていた山賊が起き上がり、そこに立っていた。
俺たちが話している隙に目覚めたのだろう。
「おい、ガキが邪魔してんじゃねーぞ!俺達の獲物を返せ!」
この歳で初めて受ける殺気に少し後退りをした。
さらに運の悪いことにその山賊の後ろから二人の男が顔を出してきた。
「兄貴ぃ。いいもん見つけましたぜぇ」
「いや!はなして!!」
そいつは蘭を縄で締め、片手で持ち上げていた。
そして、逆の手には小刀を持っていた。
「おいっ!蘭を離せ!」
「にぃに!」
「なんだこいつら兄妹なのか。へへ、兄の前で妹を壊したらどんな顔見せてくれるんだろーなー!」
蘭を人質に取られて、怒りでどうにかなりそうだ。
そんな俺を我に返してくれたのは、弥三郎だった。
「お主ら!狙いは我であろう。ならばその子を離して我を捕まえろ!」
山賊の三人は目を合わせ、歪なニヤケ方をしている。
「あひひひ!予定変更だぁ!お前とこの娘を狙いとすることにしたよ!」
「おいガキ!こいつらの命が大事だったらその木刀を置け!」
そう言って山賊は蘭の顔に小刀を近づける。
「いやっ!いやあぁ!」
助けなきゃ。
蘭が、妹が泣いているんだ。
俺は木刀から手を離した。
木刀が地面に着く瞬間に柄の先を蹴り上げ、走り出した。
蹴り上げた木刀は一直線に飛んでいき、手前の山賊に突き刺さる。
俺は木刀を持ち直し攻撃を続ける。
よし、次!
だがこの選択が間違いだったと思い知らされる。
俺が蘭を持ち上げている奴に視線を向けると、蘭の頬から血が流れていた。
「ガキがいきがんなよっ!お前のせいでこいつが傷物になっちまったぞ!」
蘭の頬は十センチ程、切られていた。
この時代この土佐には、顔に傷がある女は嫁に行きにくくなるという言い伝えがある。
そのため、女は最も先に顔を守れと言われてきたのだが、縄で締められている蘭にそれは難しかった。
どれだけ特訓しても俺の非力さは変わらない。
そう思った。
そして何も出来なくなり、その場に立ち尽くした。
「其方、女の顔に何たる事を!」
そう言って飛び出したのは、何も持っていない丸腰の弥三郎であった。
当然適うはずがなく、殴り飛ばされ木の下で蹲った。
武器を持っている自分が諦め、丸腰で歳下の子が立ち向かってるんだ。
俺は何をしている。
山賊の注意が弥三郎に移っている隙に俺は間合いを詰め、木刀を振り上げた。
まず小刀を持っている手に一発。
その後、首、腹、腿、脛と連続で叩き、そいつは片膝をついた。
トドメに、俯いて丸見えの後頭部を思いっきり叩いた。
そして最後の一人。
「容赦しない」
「ひっ、ひいぃぃっ!!」
最後の一人は仲間を見捨て、背中を向けた。
背中の傷は武士の恥とはよく言うが、傷だけでなく逃げる姿も惨め極まりない。
戦意のない奴を仕留めるのは容易く、これで山賊全員が気絶した。
そして、俺はその場に立ち尽くした。
蘭の顔に傷が....。
俺のせいで。
俺が素直に木刀を置いていたら、顔を傷付けられずに助けられる機会があったかもしれない。
頭の中で何度も後悔し、叶わないタラレバを繰り返した。
あとがき
ここまで読んでいただきありがとうございます!
前回から菊吉が十歳になり、弥三郎(後:長宗我部元親)との運命的な出会いを果たします。
いよいよ、菊吉が柔剣道の技で活躍する時がきました!
書いててとても楽しいです!
旧版では、弥三郎の一人称を"僕"としていました。
読み返していると、口調に違和感を感じ、これを機に調べてみると、この時代で"僕"は使われて無かったそうです...。
急遽、弥三郎の一人称を変えていると、ふと思い出したのが若虎の存在です。
あの子も一人称"僕"でしたね...。
正直、直してもいいかなって思ったんですけど、私的にあの子の喋り方だと違和感を感じなかったので、ま、いっかって事でそのままにしようと思います。
これから若虎が出てくるシーンでは成長しているので、変更すると思います。
戦国好きの方々には違和感しかないと思いますがご了承ください。
ちなみに、"俺"という一人称はこの時代でも使われていたそうです。
日常的に使っていますが、こんなに昔から使われていたなんてびっくりです!
最後に、この作品は毎日更新しております。
少しでも面白いと思った方や気になった方は、ブックマークと評価をお願い致します!!
次回もお楽しみに!




