九日目 姫若子(前編)
一五四五年(天文十三年) 八月 村近くの森林
菊雪が産まれてから五年の月日が流れた。
俺は十歳になり、身長もニ倍ほど伸びていた。
十歳にもなるともうほとんど大人と変わらない扱いを受ける。
そのため、毎日のように家の手伝いをしている。
「にぃに、またさぼってる!」
俺に話しかけてきたのは妹の蘭だ。
八歳になり、ちょっとお姉さんぶってる真っ只中だ。
前世では兄弟がいなかっため、"にぃに"なんて呼ばれてると蘭のことが可愛くて仕方がない。
「さぼってないよ!ただ今は特訓の...」
「はいはい、分かった分かった。とっとと山菜取って帰ろ!」
そう、今は毎日枯れ木と山菜を取っている。
ただ空いた時間には特訓をしていた。
特訓に夢中になりすぎて山菜をあまり取らずに帰ったことが続いたので、蘭が見張り役として着いてきている。
特訓と言って、今まで何をしてきたかと言うと、五歳の時に若虎と組手をしたがその際、自分の力の無さに戸惑った。
体力、ジャンプ力、筋力どれを見ても頼り甲斐の無いものだった。
だから最初は体づくりを始めた。
若虎がいる時は、組手はもちろんのこと、鬼ごっこや木登りなどをして、遊びながらの筋トレをしていた。
一人の時にはただひたすら、森の中を駆け巡り体力と脚力を鍛えた。
それらと同時に前世でやっていた腕立て、腹筋、背筋、体幹トレーニングを毎日欠かさずこなして来た。
それを四年ほど。
九歳の時に今の手伝いを任せられるようになり、森で作業するから一応と言う事で鉈を持たされた。
それを使って木刀を作ろうと試みた。
最初は上手くいかずに折れたり、凸凹だったりした。
試行錯誤を重ね、鉈を上手く扱えるようになったり、石で擦ってみたりなど色々なことを試した。
結局、ニヶ月ほど時間がかかってしまったが今では最初の愛刀だ。
と、まーこんな感じで五年の月日が流れ、今は蘭に見守られながら山菜を取っている。
「にぃに、それ何?」
「これか?これはウルイって言ってな、鍋にすると美味しいんだよー。今は夏だからちょっと時期が遅いかもしれないけど、ある物は食べないとな!」
山菜については若虎の兄、虎吉さんから教えて貰った。
最初は覚えられるか不安だったけど、基本、山でいることから自然と見分けもつくようになってきたのだ。
いやー、子供の成長は恐ろしいなぁー!
「にぃに、あれは?」
蘭が俺の袖を引いて指を指している。
蘭が指している方向を見ると、一人の山賊らしき人が子供を抱えて走っている。
なんだ?誘拐か?
近くの者かもしれないし、助けないと。
「蘭、これを持ってここで大人しくしてろ」
蘭に山菜が入っているカゴを渡し、俺は木刀を持って、その山賊を追いかけた。
俺にとって庭である森で人に追いつくことなど造作もない。
山賊のすぐ後ろまで追いつき、近くの木を蹴って跳んだ。
木刀を強く握りしめ、思いっきり横腹に叩き込んだ。
よしっ、入った!
山賊は思いっきり転がり、そのまま倒れ込んだ。
抱えていた子供はというと、その子も同様に転がって倒れ込んでいた。
「あ、やっちまった...」
冷や汗をかきながら、子供の方へ近寄った。
「だ、大丈夫か?」
子供はムクっと体をあげ俺の方を見てきた。
その子は肌が白く、とても優しい目をしていた。
どことなく弟の菊雪に似ている。
「君はいったい?」
「我は、弥三郎である」
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