水に浮かぶ死体 ~日常と非日常を隔てるもの~
このエッセイには死体に関する記述があります。
ホラー作品ではありませんが、気分が悪くなる可能性がありますので、閲覧する際は十分にご注意ください。
以上の点をご了承のうえお読みになるようお願いいたします。
皆さんは水死体を見たことがあるだろうか。
あるいは、水の上に浮かぶ死体は?
たらこはまだありません。
一度も見ることなく人生を終えるのを願う。
高校の頃、とある教師がこんな話をした。
人間の死体は水につかると、それはもう無残な姿になると。
たいていの場合、その見た目から元の姿を想像するのは不可能に近いという。
それほどまでに変わり果てた姿になるのだとか。
詳しくは分からないが、死体が水を吸ってしまうらしい。
その姿を想像しただけでぞっとする。
その教師はこんな話もした。
利根川を死体が流れているのが見つかると、川の両脇から茨城県警と千葉県警が見守るのだという。
彼らは自分から死体を拾いに行ったりはせず、ただ見守るだけ。
そのまま海まで流れ着けば海上保安庁の管轄になる。
茨城側か千葉側か、どちらかに流れ着かない限り、その死体を回収する義務はないのだとか。
実際の所、どうなのかは知らないが……。
水死体を積極的に回収したくないというのは、話を聞けばわかった。
あえて拾いに行きたいとは思えない。
さて……こんな話をしたところで、少し話題を変えようと思う。
皆さんの住む街で、死体が発見されたことはあるだろうか?
たらこの住む街には公園がある。
その公園には大きなため池があり、それを取り囲むようにぐるりと遊歩道が敷設されている。
その遊歩道をジョギングするのがたらこの日課。
最近はさぼり気味だが、仕事が休みの日やモヤモヤが募った時など、気晴らしに出向いて5キロ程度ゆっくりとしたペースで走る。
最近はほとんどウォーキングになっているけど……。
休日には多くの家族連れでにぎわい、とても楽し気な雰囲気。
犬の散歩のために訪れる利用者も多い。
たらこのようにジョギングをする人も何人か見かける。
その公園で死体が見つかった。
池に浮かんでいたのだという。
たらこは噂で知った。
ネットで検索すると、小さな記事が出た。
新聞の地方記事の欄にも小さく乗っている。
ただの噂ではなく真実であるようだ。
それが事件になったかどうか、たらこは知らない。
続報は何もなかった。
ただ……死体が見つかっただけ。
その池は足がつくほどの深さしかないので、溺れたとは考えにくい。
そんな場所に死体が浮いているのは明らかに異常。
事件性を感じずにはいられない。
しかし……殺人事件として報道された形跡はない。
事件性なしと判断されたのかもしれない。
死体が見つかったことで、街が大騒ぎになったかと言うと……そうでもない。
大して話題にはせず、みんなすぐに忘れてしまった。
事実、公園の利用者は減っていない。
たらこも今まで通り、その公園を利用している。
間違いなく、その池には死体が浮いていたのだ。
しかし、多くの人がその姿を目撃していない。
死体が発見された事実は、人々の日常になんら影響を与えなかった。
死体が発見されたのは、このケースだけではない。
たらこは職場まで車かバイクで通勤するのだが、その途中に川がある。
人工的に作られた川で農業用水の取り込みにも利用されている。
田植えの時期になると大きな水門でせき止められ、春夏と秋冬で水かさが全く異なる。
冬場は足がつくほどの深さなのだが、時期によっては川の淵一杯になるまで水がたまる。
その川で死体が見つかった。
いつものように通勤していると、警察官が道を封鎖して通行止めになっていた。
パトカーが何台も停車しており物々しい雰囲気。
最初は交通事故かなと思ったのだが、警察官たちの様子がおかしい。
何か……とても焦っているように感じたのだ。
交通事故の現場に赴く彼らの姿とは、違ったように思えた。
たらこはその道を迂回して職場へと向かったのだが……。
のちに死体が見つかったのだと同僚から聞いた。
近所の人から聞いた話によると、川沿いに住むお年寄りらしい。
足腰の弱い人がガードレールを越えて、水かさが増した川に近づいたりするだろうか?
疑問に思いながらも、深く考えないようにした。
たとえそれが事件であったとしても、たらこにとっては別世界の出来事なのだ。
首を突っ込んでも意味がない。
忘れるに限る。
普段通りなれた川で死体が見つかった事実。
これもまた、たらこの日常になんら影響を及ぼさなかった。
普段、利用する公園で死体が見つかった。
通りなれた通勤路で死体が見つかった。
たとえその事実があったとしても、日常は変わらないまま、淡々と時間が過ぎて行く。
今まで通り、公園を利用して、同じ通勤路で会社へ向かう。
日常の中にある非日常の光景。
自分の目で確かめない限り、それは非日常のまま。
違う世界での出来事なのだ。
もしたらこが自分の目でその死体を見つけてしまったら、きっと日常には戻れないのだろう。
ぼんやりとそんなことを考える。
さて……最後に友人から聞いた話を一つだけして終わりにしたいと思う。
友人の知り合いが肝試しをしている最中に首吊り死体を発見してしまったらしい。
木に吊るされたロープで首をくくった人が、風に揺られていた。
その光景を想像しただけでぞっとする。
発見した人は、さぞ怖い思いをしただろう。
そして、その光景は脳裏に焼き付いて、二度と忘れられないだろう。
肝試しは、日常から非日常へ足を踏み入れる行為だ。
普段いかない場所、立ち入らない建物、関わらない者。
それらに触れようとするのは、我々が思っている以上に危険なのだろう。
いつなん時、非日常の存在が顔を出すかも分からないのだ。
人が日常から離れ、非日常へと足を踏み入れる時。
二度と戻れない覚悟をするべきなのかもしれない。