06
「まったく、なんて娘だ……」
生い茂る下草をかき分けながら、グリードは歩いていた。
ぶつぶつと悪態をつきながら、道なき道を進むその足に迷いはない。
「この体のいいところはむやみやたらに周囲の物を腐らせずに済むところだが、小さすぎて移動が手間だな」
本性が竜であるグリードは本来、動く小山のごとき大きさである。
しかしちっぽけな人間の娘を怯えさせないよう、今は人の姿を取っていた。
彼にとって人間は小さい。そして、とても弱い。
ほんの少し力加減を間違えただけで、容易く死んでしまう。
だから困惑する。
その白い髪に興味を持って、マグマに身を投げた彼女を助けた。
要らない命ならば自分がもらおうという安易な考えだったが、死なせないよう世話をするとなるとグリードにとっては分からないことだらけだ。
しかも、娘はグリードの目の前で突然服を脱ぎ始めた。
はるか昔、グリードは友となった人間に教わったのだ。
人間は裸を恥ずかしがる生き物であると。
裸を人目に晒すことは、何よりも耐え難い恥辱であると。
だから、グリードは娘の行動にひどく驚かされた。
威圧している自覚はあったが、別に彼女を辱めたかったわけではないからだ。
「やはり、俺だけでは面倒みきれん。そう思うだろ? ドライアド」
グリードが声をかけたのは、目の前の大木に対してだった。
何百年も生きているであろうその巨木は、空に何本も枝を伸ばし青々とした葉を茂らせている。
「出てこい。ここで火を吐いてもいいんだぞ?」
グリードがそう言うと、風もないのに枝が揺れ小さな葉が降り注いだ。
そして緑の雨に紛れるように、緑の肌をした美しい女が現れた。
『久しぶりに会ったと思ったら、随分じゃな強欲の竜』
裸足でひたひたと歩くその人物は、緑の体に何もまとってはいなかった。
しかしグリードが、さっきのように動揺することはない。
相手の体には一切の性的特徴がなく、つるりとした肌の質感はどこか果実の薄皮にも似ていた。
「お前に人の世話を頼みたい。ドライアドであるお前に」
ドライアドというのは、樹木に宿る妖精だ。
美しい外見を持ち、時にその姿を使って人をさらうこともある。
ならばこそ、人間に詳しかろうとグリードは考えたのだ。
彼に人間の友人がいたのは、千年以上昔の話。エリアナと名乗る娘の服装を見ると、その時から何がどれだけ変化したのか見当もつかないのだった。
『ドライアドの王たる私に、人の世話をしろと?』
その声には、隠しようのない侮蔑が混じっていた。
ドライアドにとって人間は木を切る迷惑な隣人であり、ついでに言うなら木に引き込んで精力を吸う餌でもある。
「お前でなくてもいい。小間使いに若い苗木の一本でも貸してくれと言っている」
『強欲の竜がドライアドに願い事とは。人に肩入れでもするつもりか?』
揶揄するような相手の言葉に、グリードの顔や手には赤い鱗が現れた。
小さいが、十分な殺傷力を持つ美しい凶器だ。
「図に乗るな。今すぐこの森すべて、腐らせてやってもいいんだぞ」
押し殺すようなグリードの声に、巨木の枝がざわざわと揺れた。
まるでその恐怖が伝播するように、周囲の木々にも揺れが伝わっていく。
『……分かった』
しばらく沈黙していたドライアドの王が、呻くように言う。
そしてその声に呼応するかのように、巨木の根から一本の若木が猛然と伸びてきた。
若木は瞬く間に葉をつけ、やがて王と同じような人の形になる。
『これは、我が分身。力は弱いが、人の世話ぐらいなら問題なかろう』
そう言い残すと、ドライアドの王は不機嫌そうに木の中に吸い込まれて消えた。
それと交代するように、生まれたばかりの若者が目を開く。
「何なりとお申し付けください。強欲の王よ」
跪いたドライアドの若者にも、グリードはふんと鼻を鳴らしただけだった。