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 どれくらい気を失っていたのだろうか。気がつくと夜になっていた。

 ステファンは空を飛び続けているらしい。私は気が遠くなるのを感じた。

 ただでさえここ数日まともに食事を取っていないというのに、どうしてこんなことになっているのか。

 だが、それに答えてくれる相手はいない。

 私がいるのは丸められた尾の先だ。たとえ叫んだところで、ステファンやルーナの耳に声が届くことはないだろう。それでなくても、轟々という風の音が常に耳を塞いでいるような状態なのだ。

 それからしばらくの間、プライドと名乗ったステファンは飛び続けた。

 一体どこへ向かっているのだろう。そしてプライドとは一体何者なのか。考えたところで答えが出るはずもないのだが、何か考えていないとどうにかなってしまいそうだった。

 眼下には黒々とした森がどこまでも広がっている。今この瞬間にも、ステファンが気まぐれに尻尾をほどけば私は死ぬだろう。遠くに見える地面に叩きつけられて。

 そこまで考えたところで、不意に城の壁に叩きつけられたシェリーとイルのことを思い出した。人間だったらひとたまりもないだろうが、二人は人ではない。なんとか無事だと信じたかった。

「グリード様……」

 私は、敬愛する主の名を呼んだ。

 届くはずもないのに。

 助けに来てほしかったが、一方で助けに来てほしくないとも思った。

 彼がここにくれば、確かにステファンとの戦いとなるだろう。底知れない相手だ。いくら竜のグリードとはいえ、もしかしたら傷を負うかもしれない。

 彼が傷を負うぐらいならば、私はいっそここから落ちて死にたいと思った。

 グリード様は優しい方だ。スレンヴェールの城に現れた時、彼は私を通じて何が起きたのかを知ったと言っていた。だとすれば、今この瞬間に感じている恐怖も彼に伝わっているのかもしれない。

 とことんグリードの不利益にしかならない自分に嫌気がさす。

 そして、迷惑をかけるぐらいならいっそ死のうと私はもがいた。色々教えてくれたドライアドに申し訳ないという考えが頭をよぎったが、グリードの番になりたいという願いは彼を助けたいという思いの前に一瞬にして泡と消える。

 そもそも、もっと早くに死ぬはずだった人生だ。グリードのしもべとしての時間を一瞬でも味わえただけ、私は幸せだろうと思った。

 だが、たとえ飛んでいる最中であっても巨大な尾が緩むことはない。私はすぐに力尽きると、ステファンが目的地に着くのをじっと待つしかなかった。

 やがて、見覚えのある光景が眼下に広がる。

 私は息をのんだ。

 なぜならステファンによって連れてこられたのは、私が一度身を投げた火山だったからだ。

「どうして……」

 煮えたぎる火山が夜の闇を照らし、露出した肌を熱風が焦がす。

 ステファンは火口のすれすれに優雅に着地すると、なんの前触れもなく尻尾をほどいた。

 私の体は荒れ果てた土の上に投げ出される。ドレスが破れ、擦れたのか折れたのか体の節々がひどく痛んだ。

「熱いですわステファン殿下。どうしてこのようなところへ?」

 ほんの少しだけ不機嫌さをにじませた声で、ルーナが言った。

 どうやら妹も、ステファンの行き先は知らなかったらしい。

 そもそも、この二人の目的はなんなのか。彼らがここにいるということは、スレンヴェールから逃げ出してきたということだ。

 私はジルのことが心配になった。逃げ出すときに、彼女にも危害を加えたとすれば、私はステファンを許せそうにない。

「一体どういうつもり!?」

 なけなしの力で、私は叫んだ。

 火口からあふれ出す橙色の光が、二人のシルエットを禍々しく照らし出す。

 この期に及んでまだ笑みを浮かべている王子は、まるで悪魔のようだった。可憐な容姿をしているルーナもまた、薄ピンク色の髪を靡かせ不機嫌そうに笑っている。

「あらお姉様。目が覚めていたの?」

 先ほどより甲高い声で、彼女は言った。

 まるで舞台の上に立つ女優のように、彼女は堂々と胸を張っている。

「なんで、こんなことを……」

 言いながら、私は奇妙な思いに囚われていた。

 それは、ステファンの手を離れた彼女が、しっかりと己の足で立っていたからだ。

 普段ならば何も不思議なことはないが、彼女はついこの間グリードの不興を買って体中にひどい怪我を負ったはずなのだ。だから立てるようになるまでには長い時間が必要だと、イルからはそう聞かされていた。

 だが目の前にいる彼女は、まるで何事もなかったかのようにそこに立っている。私は目を疑った。

「それはねお姉様。愚かなあなたに復讐するため」



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