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『グリードのやつが私に頼み事をするぐらいだから、どんな絶世の美女かと思えば』
辛らつな言葉に、思わず俯いてしまいそうになる。
確かに、私は絶世の美女というわけではない。ルーナのような可愛げはないし、王国で美人とされるのはもっと豊満なタイプだ。
それでも身ぎれいを心がけあとは上品な立ち居振る舞いを身につけることで、一度は王太子の婚約者にまで上り詰めたわけだが。
「長っ。エリアナ様は綺麗です。どうしてそのようなことを!」
『私は真実を言ったまでだ』
イルが心配して、私に駆け寄ってくる。
味方がいるのだと思って安堵すると同時に、やっぱり来ない方がよかったと申し訳ない気持ちになった。
イルだって、初めて会う自分の身内と、言い争いなんてしたくないはずだ。
大丈夫だからと口を挟もうとしたが、二人の会話は白熱しやがて口論のようになった。
「そのような嫌味を言うために、わざわざエリアナ様を呼びつけたのですか?」
『なんだこの苗は。随分とこの女の肩を持つのだな』
「苗ではありません! 私にはエリアナ様がつけてくださったイルという名前があります!」
イルが興奮したように甲高い声を上げる。
私はすっかり置いてきぼりで、同じ顔同士の言い合いを呆然と眺めていた。
『まったく。名をつけられたからと言ってすっかり人間びいきになりおって』
長が忌々しそうに言う。どうやら彼が私を呼びつけたのは、決して好意的な理由からではなさそうだ。
彼の口ぶりから察するに、どうやら私がジルとイルに名前をつけたことが、気に入らないらしい。
「こんの石頭ジジイ!」
『なんだと!?』
さすがにこれ以上はだめだと思い、思わず声を張った。
「あの!」
二対の目が、一斉にこちらを向く。うり二つの美しい顔に気圧されそうになるが、なんとか気持ちを立て直す。
「争うのはやめてください! ジルとイルをわたくしに貸し与えてくださったこと、長には本当に感謝しております。二人ともとてもよく働いてくれて、わたくしにはもったいないほどです」
「エリアナ様……」
とりあえずイルはおとなしくなったし、長はつまらなそうに黙り込んだ。
「今日は直接お礼を申し上げるため、そしてグリード様についてお伺いするため御前に罷り越しました」
「後者が本題であろう」
間髪入れず、長の鋭い指摘が飛ぶ。
「長!」
「うぎゃぁ!」
イルはもとより、もう我慢できないとばかりにシェリーが声を上げた。
彼女がどすどすと長の本体である木に体当たりしたため、さすがの彼も慌てた顔になる。
「やめいそこな小竜。根が折れたらどうしてくれる」
「シェリー。そんなことをしてはだめ!」
思わず怒鳴ると、彼女は悲しそうに丸くなった。私はそっと、彼女に歩み寄りその丸くなった背中を撫でる。
「怒ってくれてありがとう。でも乱暴なことをしてはいけないわ。シェリーの綺麗な鱗が傷ついたら、私は悲しいもの」
長い首をおそるおそる持ち上げてこちらを見るシェリーは、大きな体をしているけれどまだ子供なのだ。
「おい。私の本体は傷ついてもいいんかい」
「それはもちろんだめですけれど、小さい子の間違いを笑って許すのも年長者の務めではありませんか?」
「ちっとも小さくないし、これで折れたらどうしてくれるんだ!」
地団駄を踏む長が幼くて、ジルやイルとほとんど同じ外見だというのに私には彼が子供のように思えてきた。
そう思うと、さっきまで感じていた威圧感も薄れてくるから不思議だ。
そもそも私は、ドライアドの長に対してもっと威厳がある―――と言っては失礼だが、なにか人知を越えた恐ろしいものが出てくるのではないかと緊張していた。
けれど彼は仮の姿なのだろうが一応人の姿をしているし、シェリーに対して怒鳴る姿はまるでだだをこねる子供のように見える。
まあ確かに、動けない本体を襲われた恐怖というのは並大抵のものではないのだろうが。
「シェリーに代わってお詫びいたします」
「ふん。詫びで済んだら憲兵はいらん」
このドライアドは、どうやら人間社会に詳しいらしい。
なんだか、想像とは何もかもが違っている。大声を出したことで、私の緊張もいつの間にかほどけていた。
そんな私に、イルが耳打ちしてくる。
「長は多分、エリアナ様がいらっしゃるのを楽しみにしていたんですよ。今初めて姿を見たみたいな言い方してますけど、視覚情報だって私たちと共有していたんですから」
その言葉には驚かされた。
だとすれば長は、以前から私の外見がどんなものであるか知っていたはずだ。
「なにをこそこそしている!」
案の定また叱られてしまったが、不思議ともう恐ろしくはないのだった。