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 グリードは多少渋ったものの、ドライアドの里に赴く許可をくれた。現状国の復興が最優先で王妃としての公務はほとんどない状態だし、行くならば今しかない。

 それに、先日手を払われた痛みがまだこの胸に残っている。このまま城に居続けるのはどこか気詰まりで、いっときでもグリードから離れられることに私はほっとしていた。


「すごい顔をなさっておいででしたね。グリード様は」


 アスタリテ城に向かったときのように、ドライアドの森までの足になってくれるのはシェリーだ。

 イルは後ろから私を支えつつ、面白がるように言う。


「ええ。きっと呆れていらっしゃるんだわ。王妃に任じられたというのに、安易に国を離れるというわたくしに」


 見送りにバルコニーまで出てきたグリードはしかし、腕を組んで終始不機嫌そうな様子だった。

 私は出発を取りやめた方がいいだろうかと気を揉んだが、イルの力添えもあってなんとかこうして出てこれたというわけだ。


「考えすぎですよエリアナ様。あのお方はただ単に、エリアナ様と離れるのがお寂しいだけです。あまり甘やかすと図に乗りますよ」


 気楽そうに言うイルの言葉は辛辣そのもの。私を元気づけるためか、グリードをけなすようなことまで口にする。


「そんなことを口にしてはだめよ。グリード様の言動に間違いなんて何一つないのだから」


 そう、だからこそ苦しい。私ばかりが間違っているようで。

 すると、イルが呆れたようにため息をついた。


「全く。この世に生まれて日が浅い私にも分かることが、どうして当事者のお二人にはお分かりにならないのか」


 よく似ていても、やはりジルとは少し性格が違うようだ。どちらも面倒見はいいが、イルの方が皮肉屋で辛辣な物言いをすることが多い。

 私は人の気持ちを慮るのが苦手なので、彼女のようにはっきりと言ってくれた方が助かるは助かるのだが。


「本当に情けないわ。わたくしにはまだ、グリード様のお気持ちを察して先んじて動くことができない。イルやジルがわたくしにしてくれるように、お仕えできたらいいのだけれど……」


 かねてからの悩みを打ち明けると、イルはもう一度大きなため息をついた。


「そうではないのですが……。まあ、他人からは何を言っても無駄ですね。こういったことは当人同士で解決すべきです」


 イルの言葉に、まるで同意するようにシェリーが「くるぁー」とのんきな相づちを打つ。

 シェリーにも分かることがどうして私には分からないのだろうと、無力さを感じてひどく落ち込んだ気持ちになった。

 シェリーは二枚の羽を広げ、アデルマイトへと向かって飛ぶ。

 場所はグリードの神殿があるすぐ近くだそうなので、私は少しだけ懐かしい気持ちになった。

 あれからまだそれほど時間はたっていないはずなのに、色々なことがありすぎて自分の中で整理がついていない。


「あそこです」


 イルの言葉に反応したように、シェリーが滑空する。

 顔に当たる風圧が増し、思わず目をつむった。風に煽られ、イルに押さえていてもらわなければ今にも飛ばされそうになる。


「つきましたよ」


 そしてイルの声に導かれるように目を開けると、そこには信じられないような世界が広がっていた。


「きれい……」


 思わずため息がこぼれた。

 無数の根を張る、森の中の巨木。その周囲はまるで巨木を畏怖するかのように開けている。見上げると頂点が見えなかった。大きさは本来のグリードぐらいありそうだ。何年生き続けているのか、見当もつかなかった。

 ざわざわと風に木立がざわめく。頭上から降り注ぐ木漏れ日は刻一刻と形を変え、巨木の威厳ある姿に彩りを添えていた。


「ただいま戻りました。長より分かたれたジルの枝、イルにございます」


 イルが膝を折って名乗りを上げると、しばらくして気の頭上から、透けた緑色の影のようなものが降りてきた。影は落下とは言えないようなゆっくりとした速度で太い根の張り巡らされた地面に降り立ち、そして言った。


『うむ。よく戻った』


 置いてきぼりにされた私は、驚きのあまり言葉をなくしてしまった。

 なぜなら長と呼ばれた緑の影もまた、像を結ぶとジルやイルとそっくりの姿をしていたからだ。

 いや、こちらが本株だというのなら、ジルとイルの二人が彼の生き写しなのだろう。そして私は、ドライアドという精霊が一つの株から派生する限り、人型を取ると全く同じ外見になると知った。

 ただ目の色だけは、誰よりも深い思慮深そうな深緑色をしている。


「あなたが、ドライアドの長なのですか……?」


 思わず問いかけてしまったのは、その姿があまりにも若々しく感じられたからだ。人間の常識を捨てきれない私は、無意識に経験豊富な老人が現れるのではと思っていたのだろう。


『いかにも。お前がジルの報告にあった人間か?』


 尋ね返され、私はようやく我に返った。

 こちらから聞きたいことがあって出向いてきたというのに、こんな風に棒立ちになっているのはあまりにも不作法だ。

 これでいいのだろうかと戸惑いつつも、私はスレンヴェール風のお辞儀をした。


『これがなあ』


 そんな私の目の前にきて、イルそっくりの長がじろじろとこちらを見ているのが分かる。

 そのあまりの距離の近さに、ひどく緊張してじっとりと手に汗をかいた。



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