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04



「そ……それでは貴方様が、この火山に住まう竜であると……?」


 動揺がそのまま音になったような声が出た。

 混乱と、疑念と、畏怖。

 一体どうすれば相手の機嫌を損ねずに済むのだろうと思いながら同時に、本当にこの男が先ほどの竜なのだろうかと訝しくも思うのだった。


「疑うか娘。先ほど俺様の本性を見たであろう?」


 しかし男は、私の困惑など意に介さない。

 そんなもの、あってもなくてもさして変わらない、とでもいうように。

 その時すぐ近くでマグマが飛沫を上げた。

 空気に触れて炎をまとった液体がドレスに降りかかる。


「きゃっ」


 折角拾った命も燃え尽きて死ぬのかと思ったが、不思議なことに私のドレスが燃え上がることはなかった。

 それどころか、飛沫がかかったのに熱くもなんともない。


「なにを驚いている。火口にあって炎が飛ぶは当たり前であろう」


 男は心底不思議だというように首を傾げた。

 確かに彼が竜であったなら、マグマがかかることなど水浴びとそう変わらないのであろう。

 でも私は違う。普通に燃えて普通に死ぬ、ただの人間に過ぎない。

 死にに来たのに今更怯えるなんておかしな話だと思いながら、私はおどおどと返事をした。


「そ、それはそうですが、わたくしはか弱い人間でありますれば」


「ああそうか。人とは容易く死ぬのであったな。だが心配はいらぬ。俺の涎を浴びたからには容易く傷つかぬし、一度ぐらい死んでも生き返るであろう」


 男の言葉には、信じられないようなキーワードがいくつも含まれていた。

 死んで生き返る? そんな奇跡が本当に起こりえるというのか。いやそれよりも。


「涎……?」


 私は全身ぐっしょりと濡れた体を見下ろした。

 体中を覆っていた粘液の正体に、ようやく察しがついたからだ。

 困惑した私は言葉をなくした。

 涎でもありがたいと礼を言うべきなのか、それとも不潔だと唾棄すべきなのかと。


「あの……」


「なんだ?」


「本当にあの、わがままを承知で言わせていただければ……湯あみをお願いできませんでしょうか?」


 すっきりしたいという欲求に負け、怒りを買う覚悟で申し出た。

 男は再び私の姿を見下ろした後、空中に目線を彷徨わせ思案顔をする。


「うーむ。確かに俺の物にしたからには、便宜を図ってやる義務があるか。多少面倒ではあるが……」


 どうやらいつの間にか、私が彼の所有物になったのは確定であるらしい。

 私は竜の花嫁なのだが間違ってはいないのだが、率直に面倒と言われるとなけなしの矜持が更に削れていくのが分かった。


「み! 身ぎれいにして、グリード様に仕えたく思います」


「ふむ。なるほどいい心がけだ。我が(しもべ)の願い、叶えよう」


 そういうが早いか、男は私の目の前で存在がぶれて竜の姿へと転じた。

 先ほど美しいと感嘆した、生ける宝石のごとき生き物だ。

 しかし、竜は先ほどよりも少し小さいようだった。どうやら彼は、思うままに自分の体の大きさを変えることができるらしい。


『俺の背に乗れ。よきところに連れて行ってやる』


「は、はあ……」


 困惑しつつ、よろよろと彼に近づいた。

 その固そうな鱗に触れると、手に付いた涎がじゅうじゅうと蒸発する。

 思わず飛びのくと、ドラゴンはそういえばとでも言いたげにつぶやいた。


『俺の鱗は、生き物が触れると腐る毒だ。まあ涎を浴びたお前は、腐りはせぬがな』


 さりげなく、なんて危険なことを言ってくれるのだ。

 どうやらこの竜には我が国に伝わっていない特徴が色々とありそうだと思いながら、私はなんとか彼の背にまたがった。

 皮膚が触れた部分はじゅうじゅうじゅうと嫌な感触がするが、特に痛みは感じないので我慢するしかないだろう。


『それではいくぞ。よく掴まっていろ』


 いうが早いか、竜は大きな羽を開いてばさばさと羽ばたいた。

 逆さのすり鉢型である火口の内部に、飛ばされそうな強風が巻き起こる。

 私は彼の赤い体に、力いっぱいしがみ付いた。

 触れると腐るという鱗は恐ろしいが、それよりも吹き飛ばされてマグマの海に沈む方が今は恐ろしい。

 竜はその渦のようになった風に乗って、ものすごい速度で空に空いた穴から飛び出した。一瞬後に、世界中が見渡せるような光景が、私の眼下に広がる。

 しかしすごい風圧で、本当にしがみ付いているだけで精いっぱいだった。目も開けていられない。


『どうだ。すごかろう』


 竜の声は誇らしげだった。

 しかし風圧に耐えている私が、まともな答えをできるはずもない。


『ほうほう。感動に言葉をなくしているのか。そうだろうそうだろう』


 もうなんでもいいから、一時でも早くこの時が終わってほしいと願った。



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