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旧アデルマイトの王都に戻ると、私はやはりというか予め決められていたとおり、王妃としての立場を与えられることになった。
主たるグリードの妃などおこがましいと何度も辞退しようとしたのだが、そのグリード自身が王妃になれと言うのだから断り切れるはずもない。
どうやらグリードは、私に不自由のない生活をさせるため女性としては最高位の王妃という立場につけたいらしかった。貴族としては当たり前の、恋愛感情を伴わない結婚だ。
かつてはそれをするのが当たり前だと思っていたのに、相手がグリードだと思うとなぜか妙に辛かった。
それに、内乱を終えたばかりのアデルマイトに国主の結婚式を行うような余裕はない。
現状、革命軍側の貴族だったスレイン・ダンテス伯爵などと協力して、国の立て直しを図っている最中だ。
彼らはスレンヴェールもグリード竜王国に併合されたと知るとひどく驚いていたが、まっとうな生産力のあるスレンヴェールのおかげでなんとか食糧不足は回避できそうだと安堵してもいた。
また、程なくしてアデルマイトの復興費用としてスレンヴェール貴族や王族の財産が接収されることが発表され、社交界は大混乱だ。
グリードはどうやら彼らに対してたいそう機嫌を害していたようで、接収に関しても容赦なく取り立てるようにと指示していた。
王族や貴族として特権が約束されていた彼らは、一転して搾取される側となった訳だ。
もちろん私の実家であるリュミエール公爵家も財産没収の対象となったが、そのことに対してなにか感慨を抱くことはできなかった。
私を愛してくれなかった両親に、未練はない。
いみじくもかき集めた財宝を取り上げられるのは哀れだとも思うが、命は助かったのだからよかったと思ってほしい。もし本気でグリードが怒り国を滅ぼそうとしたら、しもべである私にそれを止める力などないのだから。
だが、別れ際の時のことを思い出せば、彼らは私のことを恨んでいるだろうというのは安易に想像がついた。
おそらく、他の貴族たちもそうだろう。国王や元婚約者である王太子も。
恨まれるというのは気分がいいものではないが、これも私が背負うべき罪なのだろうと思った。私は図らずも自分を排斥した貴族社会にピリオドを打つことになった訳だが、気分は決していいものではない。
唯一の救いはといえば、スレンヴェール国民の抵抗が予想以上に少なかったことだろうか。貴族の搾取によって辟易としていた地域も多かったらしく、新しい統治者は概ね好意的に受け入れられた。
また、抵抗があった地域については、その土地の領主であった元貴族に引き続き統治を任せる予定だという。
まだグリード竜王国が樹立されて日が浅いので、手探りでやっていくしかないとスレインは頭を悩ませているようだ。
一方で、クリスはアデルマイト国民を匿っていた功績からグリード竜王国の王国魔術師長という官職に就任した。平民出身というその出自も、新たな国の重役には好ましいと判断されたらしい。
グリードは事務的な作業をスレインに任せ、自分は過去の膨大な知識から助言をしたり、各地に残るアデルマイトの旧国王軍残党を蹴散らしたりしていた。
「―――というわけで、旧国王軍討伐は八割方終了したと判断いたしました。残りについても引き続き捜索を続けたいと思います」
スレインの報告を聞いていたグリードは、玉座に座ったままつまらなそうに欠伸を吐いた。
ちなみに私はその隣に椅子を用意され、一緒に報告に耳を傾けている。場所はアデルマイト城の王の間。通常ならきらびやかなはずの空間も、今は内乱の爪痕が痛々しく、殺風景に見えた。
「捜索なんてめんどくさいことはやめておけ。そんなことに人員を割く暇があったら各地への食料援助と衛生環境の啓蒙を急がせろ。食べ物がない上病気なんて流行ったら、この潰れかけた国は本当に地図の上から消滅することになるぞ」
グリードは、長く生きているだけあって本当によく物事を知っている。
その知識量は、幼い頃から様々な学問を学ばされた私を軽く凌駕するものだ。
けれど一方で人間の機微に対しては全く疎く、憎悪を吐く敵対勢力に対しては不思議そうな顔をするのだった。
彼にしてみれば、圧倒的な力の差を示しても屈服しないなんて、人間とは野生動物にも劣る馬鹿だということになるらしい。
「アスタリテ城を管轄しているジルによれば、旧スレンヴェール貴族に対する接収は順調に進んでいるようです。ただ、軟禁された貴族たちが王都で派手にお金を使わなくなったため、王都の経済が停滞しつつあるということで、新たな経済的措置が必要なのではという要望が出ています」
イルの報告に、グリードは皮肉げな笑みを浮かべた。
「なるほど。不要に見えたあのぼんくらたちにも、それなりの価値があったというわけか。経済政策についてはスレインに一任してあるから、人間同士で話し合わせろ。俺にはよく分からんから」
「了解いたしました」
グリードの意図を受けたスレインは、部下である官僚たちと今後の方策を話し合うため王の間から出て行った。イルは私の側仕えということになっているので、何も言わず側に控えている。とたんに荒れ果てた広間は静まりかえり、私は気まずい思いをした。




