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シェリーの背中で風にあおられながら、私はやるせない気持ちでいっぱいだった。
グリードは不快な思いをしただろうし、一人ではまともに役目も終えられない私に呆れただろう。
なにより、私は最後の最後でルーナをかばってしまった。
あんなに憎んでいたのにだ。
そしてそのために、グリードの邪魔をしてしまった。
口では彼に忠実だと言っておきながら、突然湧き上がった家族の情に逆らえなかった。
なにもかもがめちゃくちゃだ。
私は私自身を完全に変えられていなかった。
「最低だわ」
「エリアナ様……」
シェリーの上で私を抱きかかえるようにしているイルが、心配そうに私の顔をのぞき込んでくる。
「グリード様のお言葉に逆らってしまった。全てに従うと覚悟していたのに……っ」
「そんな、グリード様はエリアナ様に怒っていらしたのではありません。お気になさらないでください」
イルは、ジルから生まれただけあってまるでジルのように私に接してくれた。
でも彼女もドライアドだから、やはり私の行動を理解できるとは言わない。
罪悪感とふがいなさで息が詰まりそうだった。
人間とはなんて不自由で、不完全な生き物なのだろう。
急に飛ぶスピードが落ちたのでどうしたのだろうとシェリーを見ると、彼女もまたきゅうきゅうと心配そうにこちらを見つめていた。
私は彼女の白い鱗をそっと撫でて、心配しないでと呟いた。
「次にグリード様に会ったら、謝罪するわ。許してはくださらないかもしれないけど」
「エリアナ様、そんなことは……」
「いいえイル。そうしなければ、私自身が私のことを許せないのよ」
旧アデルマイトへの距離は、ぐんぐんと近づいていく。
早くグリードに会いたいような、それとも会いたくないような、私は複雑な気持ちだった。
***
グリードはいらついていた。
もしエリアナが止めていなければ、彼はルーナを殺しそしてスレンヴェールの国土を全て二度と生き物が住むことのできない腐り果てた地に変えていただろう。
―――嫌な予感がしていたんだ。
グリードは城に戻る前に、かつて眠っていた火山へと立ち寄った。
怒りが激しすぎて、次にエリアナと会うまでに冷静になっておかなければならないと考えたからだ。
彼は怒りのままにマグマの中に飛び込むと、赤くたぎった海の中で怒りを振り切るように叫んだ。
死ぬことはないが、体の表面が焼けるように熱くなる。
山が揺れて地響きがおこり、まるで噴火の前兆のようだった。
グリードはひとしきり叫んで冷静になると、マグマから飛び出し体についたそれをぶるぶると振り払った。固まりかけたマグマがあちらこちらにはじけ飛ぶ。
その様子は天災といっても差し支えないほどで、周囲に住む人間や動物たちは怯え逃げ惑った。
一方で少しだけ冷静になったグリードは、ゆっくりと城に向けて高度をとる。
―――本当は、屠ってしまうつもりだった。
グリードはエリアナと感覚を共有している。
彼が彼女に対して加護を与えたためだ。
エリアナが傷つけられたと知った時、グリードはいても立ってもいられなくなりすぐにスレンヴェールの城へと向かった。
アデルマイトはまだまだ安定にほど遠い。
一緒にいればエリアナに危害が及ぶかもしれないと、わざわざ国に返したのだ。
だというのに人間は、自分たちが生け贄として差し出してきた娘にいたわりではなく槍の穂先を突きつけた。
帰すべきではなかったと、グリードはひどく後悔していた。
思い返してみれば、エリアナは特使として国に戻るようにと行ったとき、あまり嬉しそうではなかった。
人間の機微に疎いグリードと違って、彼女にはこうなるという予感があったのかもしれない。
「まだまだ、人間というものはわからないな」
グリードの小さなつぶやきは、風の中に溶けてすぐに消えてしまった。




