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「なんだ?」


 訝しげなグリードに、私はまるで弁明するように答えた。

 この心に湧き上がってくる、真っ黒い気持ちは何だろう。


「……妹のルーナです」


「そうか。あまり似ていないな」


 その言葉が、鋭く胸に刺さった。

 私とは何もかも違うルーナ。そして王太子は、彼女の方を選んだ。


「よく、言われます」


 そう、返事をするので精一杯だった。


「グリード様。あなた様が現在の姉のご主人様ですの?」


 ルーナは己のかわいさを最大限に引き出すように、小首をかしげていった。

 小作りな顔。大きな目。いつも笑みを絶やさない口元。

 彼女が異性から見て魅力的だと言うことは、男女関係に疎い私にだって察しがつくことだ。


「主人? まあ、主人と言えばそうだな」


 グリードの声音からは、先ほどまでの高圧的な要素が消え失せていた。

 本当は、彼とルーナが会話するところなんて一瞬たりとも見ていたくない。

 けれど私は、まるで見えない糸に縛り上げられたようにその場から動くこともできないのだった。


「では、わたくしも姉のように、あなた様にお仕えしたく存じますわ。グリード様」


 ルーナはドレスをつまんで、丁寧にお辞儀してみせた。


「俺に仕える? 姉妹そろって変わり者だな。この化け物に仕えようなどと」


「化け物だなんて……グリード様はとても魅力的なお方ですわ」


 甘いふわふわとした言葉を並べるルーナの真意を知りたくて、私は彼女のことを凝視した。

 そして気がついた。私と彼女の間には決定的な認識の違いがあると。

 彼女はきっと、ジルの言った『妃』という言葉を本気にしているのだ。

 私はただの忠実なしもべとしてグリード様に従っている。けれどルーナは、私が妻としてグリード様に〝仕えて〟いると思ったのだろう。


「ルーナ。グリード様に仕えるというのはきっとあなたが考えているような意味じゃないわ。わたくしはグリード様のしもべに過ぎない。ただの使用人の一人なのよ」


 勘違いをただそうとそう口にすると、ルーナがぎらりと私をにらみつけた。


「お姉様は、グリード様を独り占めにしたくてそんな意地悪を言っているのね?」


「意地悪なんかじゃないわ。だいたい、あなたには王太子殿下の婚約者としての務めが……」


「そんなもの、王が替わるのなら意味ないわよ!」


 突然、ルーナは激高して見せた。

 驚いて、つかの間言葉を失う。


「折角お父様にお願いして王太子の婚約者の座を射止めたのに、お姉様のせいで全部台無し! なに、そんなに私に復讐したかったの? だから今更国に戻ってきたのでしょう!?」


 あまりのことに、私は後ずさった。

 こんな風に、妹に真っ向から感情をぶつけられたのは初めてだ。

 ルーナは私のことなんて眼中にないのだろうと、ずっと思っていた。


「だからって、祖国を滅ぼそうだなんてあんまりよ。それも、何も知らないグリード様を利用しようだなんて……」


「利用? 俺がエリアナに利用されていると?」


「そうですわグリード様。姉は恐れ多いことにあなた様を利用したのです。妹である私を妬み、陥れようと」


「そんなことありません!」


 ルーナの妄言に、必死で反論した。

 確かに、自分の運命を呪ったことがないと言えば嘘になる。

 それでも、だからといって私を助けてくれたグリードを利用するなんて、思いもつかないことだ。

 本当なら、この国には戻ってきたくなかった。

 私はただ、グリードに命じられて仕方なく戻っただけだというのに。


「そうやって、声を荒げるのがいい証拠ですわ」


 まるで私を嘲るように、ルーナがいやらしく笑った。

 頭が真っ白になる。何も反論しなければルーナが言ったことを肯定しているように見えるだろうか。それとも必死で反論した方が、怪しく見えてしまうだろうか。

 罪を犯したわけでもないのに、まるで今から裁かれる罪人のような気持ちになった。

 グリードに仕えたいという気持ちには一辺の疚しさもないのに、いったいどう言えばこの気持ちを証明できるのか。

 気持ちに形があってグリードに見せられるのなら、私は今この場で胸を裂いてしまいたいと願うほど追い詰められていた。


「違う! 私は復讐なんて望んでいない! ルーナ、どうしてそんなひどいことを!?」


「お姉様が、私の幸せを邪魔するからよ!」


 私たちの会話は平行線だった。

 グリードの前で、自分の醜さをさらけ出すような言い争いをするのは耐えがたい。

 そう思っていると、グリードはつかつかとルーナに近づいて見せた。


 彼が行ってしまう――その喪失感が胸を焼く。


「ルーナとやら」


 グリードが、ルーナに手を伸ばす。

 まるで時が引き延ばされたように、一瞬のことがひどくゆっくりと感じられた。


「なんでしょうか? グリード様?」


 私に向けていた顔とは大違いの、こびるようなルーナの表情。

 そのとき私は、初めて人を殺したいと思った。


 


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