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 父に向けた槍を突き出したその瞬間、頭の中にまるで走馬灯のように様々なことが駆け巡った。

 どんな時でも、あなたが私に向ける目は厳しかった。公爵家の娘として恥ずかしくないようにと、いつでも自分を律するよう厳しく言いつけられてきた。

 でも私はずっと、父は私のために厳しくしているのだと信じ切っていた。

 王太子に嫁ぐことがおまえの幸せなのだと、ことあるごとに言い聞かされていたから。

 でも、妹が生まれて、父は変わった。

 屋敷の中でも、彼女にだけは笑顔を見せるようになった。私には相変わらずのしかめ面。私は長女だから仕方ないと、そのさみしさを押し込めていたけれど。


「やめるんだエリアナ」


 決意を込めた槍が、動かなかった。

 振り返ると、グリードが柄の後ろを握って止めていた。力一杯動かしているはずなのに、ピクリとも動かない。


「親を殺せば、傷つくのはおまえ自身だ」


 静かな声だった。

 グリードにはなぜ、そんなことがわかるのだろう。

 自分は親も子もいない、孤独な存在であるというのに。

 涙が、あふれた。

 父に会ったときもアルヴィンに会ったときにも、流れなかった涙が。


「エリアナ様……」


 いつの間にかそばに寄り添っていたジルが、そっと私の肩を抱く。

 グリードは力をなくした私の手から槍を受け取ると、その切っ先を父に向けたままで言った。


「我が妃の父がお前だというのは非常に不本意だ。二度とその不快な口がきけないようにしてやろうか?」


「くっ……」


 半壊した広間はしんと静まりかえり、誰も父をかばう者はいなかった。

 先ほど私をかばった妹すら、近衛騎士の影に隠れて小さくなっている。

 グサリと、槍が突き立てられた。


「ひ、ひぃぃぃぃ!」


 甲高い父の悲鳴が響き渡る。

 彼がこんなに、取り乱した姿を見るのは初めてだった。


「エリアナが受けた痛みは、この程度ではすまぬぞ」


 槍は、石の地面にピンとまっすぐにつき立っていた。

 父の足と足の間、少しでも狙いが狂えば槍は父の命を奪っていたことだろう。キュロットにシミが広がった。私は思わず目をそらす。


「ああ、ああ……」


「胸くそ悪い。二度とエリアナに関わるな」


 グリードはそう吐き捨てると、用は済んだとばかりに王へと向き直った。


「今すぐ出て行けとは言わん。国を明け渡すにはいろいろと準備もあるだろう。ジル」


「はい」


 なぜかそこで、グリードはジルの名を呼んだ。


「監視役として、お前はこの城にとどまり人間どもが余計なことを企てぬように見張れ」


「私はエリアナ様の世話係ですよ?」


「お前もドライアドの端くれなら、少しぐらい融通を利かせろ。お前をドライアドの王より借り受けたのはこの俺だぞ」


 不満げなジルを、グリードは威圧的な言葉で納得させた。

 彼女は不本意そうな顔をしながらも、私から離れて小さく礼をする。


「では」


 そして宙にかざした彼女の手から、若葉が枝がにょきにょきと伸びた。

 固唾を飲んで見守っていた貴族たちから悲鳴が上がる。しかしジルは、そんなことかけらも気にしない。

 枝は絡み合い、やがてジルの隣に全く彼女と同じシルエットを作り上げる。枝と枝の境目はどんどん曖昧になり、まるでジルが二人いるように彼女そっくりの存在が生まれた。

 目を開けた新たなジルは、ジルとは違い目だけが淡い黄色だった。


「エリアナ様。これに名前をお与えください。私にそうしてくださったように」


 不思議そうに周囲を見回している己の分身を見ながら、ジルはそう言った。

 ドライアドだとは知っていたが、まさかこんなことができるなんて。私は驚きながらも、ジルの言葉に従う。


「じゃあ……ジルによく似たあなたは、イルでどうかしら?」


 おそるおそる尋ねると、黄色い目のドライアドは気に入ったようにぴょんぴょんとはねた。

 落ち着きのあるジルと違って、彼女はどうやら活発な性格らしい。

 ともあれ、気に入ってもらえたようでほっとした。


「イルを通じて、私にはいつでも連絡を取れます。必要なときには、いつでもお呼びください」


「ありがとう、ジル」


 彼女の優しさが、とてもうれしかった。

 どうしてこんなによくしてくれるのと、思わず尋ねたくなったくらいだ。


「では、行くとしよう」


 グリードは人の姿のまま、背中に竜の羽を生やした。

 彼の声に反応するように、シェリーもまた人から竜の姿へと戻る。

 だが、静まりかえった広間で声を上げた者がいた。


「お待ちください!」


 私は既視感に頭を抱えたくなった。

 だってそう叫びながら進み出てきたのは、先ほどと同じように我が妹だったからだ。





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