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 あっけにとられていた人々が、少し遅れて思考を取り戻す。

 近衛騎士たちは闖入者を取り囲み、槍や剣を向けた。私がこの国に来たときと同じ状況だ。

 追い打ちのように、クリスの部下と思われる魔術師たちが、次々に騎士たちを補助する呪文を唱える。

 だが、グリードはそんなことつゆほども気にしない。


「大丈夫か?」


 向けられた剣先をきれいに無視して、グリードは私の顔をのぞき込んだ。

 その距離の近さに、そんな場合ではないとわかっていながら鼓動が高鳴る。


「うわぁぁ!」


 緊張に耐えきれなくなったのだろう。

 一人の騎士が切り込んできた。グリードはそれを、見ることも触れることもなく弾き飛ばす。まるで見えない壁でもあるように。

 一体何が起こったのか、すぐそばにいる私にすらわからなかった。

 またもや広間はしんと静まりかえる。巻き込まれるのを恐れてか、あるいはグリードの迫力に動けないのか、他の騎士は倒れた騎士を助けようともしない。


「おそれながら……」


 緊迫した状況の中で、次に口を開いたのはクリスだった。

 一度グリードとあったことのある彼は、まだ余人と違って耐性があったのだろう。


「それは、国をあなた様のものにするとは、いかなる意味でございましょう?」


「そのままの意味だ」


「それは……アデルマイトのように御自らが国を納める王になると?」


 クリスの問いに、それを耳にした人々はざわめいた。

 政治的に安定し、もう何十年も戦争にさらされていないスレンヴェールにとって、降って湧いた圧倒的強者の支配というのは、まさしく寝耳に水だったのだ。


「グリードとやら!」


 声を上げたのは、王だった。

 近衛騎士に守られながら、まだ老いとはほど遠い壮健な王が前に進み出る。


「陛下!」


 クリスが王を制止しようとしたが、無駄だった。


「貴公が真に竜であるというのなら、このやりようはあんまりではないか。我が国は十年に一度、絶えず貴公にうら若き乙女を捧げてきたのだぞ」


 それこそが、竜の花嫁だ。

 連綿と続けられてきた、生け贄の儀式。

 少女一人の命と引き換えに、国を守る邪法。

 私はグリードに会って、竜が乙女を求めていなかったことを知った。だとすれば、今までに死んでいった少女たちのなんと哀れなことか。

 今まで私は、その少女たちの屍の上に何を思うこともなく暮らしてきた。王太子の婚約者になるのだという欲にまみれた目標にばかり汲々として。

 でも、あのマグマの中に飛び込もうとした今ならばわかる。

 彼女たちは――どんなに恐ろしかったことだろう。そしてどんなに悲しかったことだろう。


「乙女など、求めたことはない。人間が勝手にそう思い込み、勝手に捧げていただけだろう」


「なんだと!?」


「求めてもいないものを与え、俺を言いなりにでもしているつもりだったか? それともすでに過去のものだと忘れていたか? 愚かだな人の王よ。俺がその気になれば、人という人を殺し尽くすことすら容易いというのに」


 普段のグリードは、冗談でもこんなことを言ったりはしない。

 竜の姿では周囲を腐らせてしまうからと、火口から出た後はほとんど人の姿でいる優しい竜だ。

 だからこそ私は、如実に彼の怒りを感じた。

 燃え上がるのではく、内からじわじわと燃え上がるような身の内に感じた怒り。

 私は黙って、ことの成り行きを見ていることしかできなかった。

 すると突然、グリードが王に視線を向けたまま、クリスに向けて手をかざした。

 一拍遅れて、触れてもいないのにクリスの体が弾き飛ばされる。まるで先ほどの騎士のように。

 時を同じくして、王やアルヴィンの近くでバチバチと小さな火花が散った。本物の火ではない。何らかの魔術が打ち破られたことを意味する熱のない光だ。


「こざかしいことを」


 どうやらクリスは、グリードが油断している間に王族の周囲に障壁を築こうとしたらしい。

 彼は王に任じられた宮廷魔術師長なのだから、国王を守ろうとするのは当然だろう。


「強欲の王よ、スレンヴェールから陛下を奪われては困る……我が国はアデルマイトとは違い平和な国。アデルマイトの民も数多く逃げ込んでいる。あなたは彼らから、新た住処すらも奪うつもりなのかっ」


 素早く身を起こし、クリスが叫ぶ。

 私は彼の志に感動し、一方で我関せずとばかりに身を小さくしている貴族たちを疎ましく思った。

 公爵家に生まれた私が、ずっと勉強させられていたこと。貴族たちはスレンヴェール建国の際に初代王とともに戦った者たちの子孫であると。故に彼らは、いつかくる国の危機に処するため恵まれた生活をし、王都で国王のそば近くに侍っているのだと。

 だというのに、こんな危機的状況で危険を顧みず王を守ろうとするのが、平民出身のクリスだけというのはひどい皮肉だった。


「エ、エリアナ!」


 そのとき、私の名を呼ぶ声がした。

 それは―――かつて父と呼んだ人のもの。


「何をしている!? はやくその不気味な竜を止めるのだ! おまえはそのために身を捧げたのだろう!?」


 彼の言葉に、張り詰めていた糸が切れた。

 私はたまらず、グリードの手の中から歩き出す。

 周囲を囲んでいた騎士たちが道を開ける。私はすっかり呆けている彼らの内の一人から、自分が刺されたのと同じ形の槍を拝借した。

 あっけにとられた騎士は、さして抵抗もせずなされるがままだ。

 そして向かった先は、高位貴族として王の近くに侍っていた父の目の前。


「お父様」


「エ、エリアナ……」


 父は尻餅をつき、ぎょろりと見開いた目で私を見上げた。

 いつも厳しく、常に誇り高くあれと言っていた人間の無様な姿に、すっと心の奥が冷えていくのを感じた。


「いえ、もうお父様と呼んではいけないのでしたね。リュミエール公爵」


「あ、あ……いや、そんな……」


 座ったままで後ずさった父に、槍を向けた。


「まずは見せしめとして、あなた様を殺しましょう。そうすれば陛下も、おとなしく国を明け渡してくださることでしょう」


 まるで熱に浮かされたように、体が勝手に動いた。

 父に対する怒りと言うより、グリードのためにはこの男が邪魔だと本気で思った。むしろ、それしか考えてなかったと言っても過言ではない。

 国を支える二大公爵の内片方が消えれば、スレンヴェールの人々は否が応でも現実を知るだろう。

 そしてグリードに忠誠を見せるには、この方法が一番だと私は勝手に思い込んでいたのだ。



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