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「うぐ……っ」


 まるで、体が燃えるようだった。

 激しい感情が入り乱れて、頭が真っ白になった。

 そして喉の奥から、煮えたぎるマグマのような何かがこみ上げてくる。

 熱い。まるで火口に飛び込んだあの時のようだ。一瞬で体が燃え尽きてしまいそうだ。


「お姉様?」


「エリアナ様!」


 崩れ落ちた私に、不審がるルーナの声。そして駆け寄ってきたのはクリスだった。

 まぶたの奥でちかちかと火花が散る。

 いったい何が起こったというのか。


「あつっ」


 私に触れようとして、クリスは慌てて手を離した。

 まもなくジルとシェリーが駆け寄ってくる。


「これは……」


 ジルが恐れおののくように言った。

 いつも余裕がある彼女が、不安げな顔をしている。

 どうしたのかと尋ねるために口を開いたが、出てきたのは全く別の言葉だった。


『まったく、これほどとはな』


 それは、私のものとは違う低い声音。


(グリード様の声だ)


 私を見下ろす人たちが皆、目を見開いている。


「あなたはまさか、強欲の竜か?」


 あっけにとられる人々の中で、そう尋ねたのは唯一グリードとあったことのあるクリスだった。

 気を失いそうな熱さの中で、国王たちがたじろいでいるのが遠目に見える。

 ジルは植物なので、熱を発する私には近づけないようだった。シェリーが心配そうに、こちらを見下ろしている。


『エリアナに戻る気があるのならば、手放してもいいと思ったがどうだ? この国に、そんな価値はない。人に多少なりとも期待した、俺が馬鹿だったのか』


 自分の口から吐き出されるグリードの声には、怒りと呆れが入り交じっていた。

 私は彼に、謝りたくなった。特使の役目もまともに果たせず、申し訳ないと。

 そして天を仰いだ。するとそのとき、驚くべきことが起きた。

 明かり取りの巨大な天窓。丈夫な格子に固定されたガラスに、あるはずのないものの影が映ったのだ。

 鮮烈な赤い鱗。そして窓に収まりきらない巨大な影。

 それは容赦なくガラスを割り、そして鉄製の格子をもたやすくねじ曲げてしまった。爆音とともに天井が崩れ、天井に描かれていたフレスコ画の破片や細工の像が天井から降り注ぐ。

 広間はすぐに大混乱になった。

 貴族たちが我先に逃げようとして、ぶつかり合い悲鳴が起きる。

 中には破片が当たったのか、血を流して倒れている者もいた。

 一瞬にして、断罪の舞台は地獄絵図に姿を変えたのだ。


「エリアナ様。大丈夫ですか?」


 ジルに抱きかかえられ、私は己の喉から苦しさが消えていることに気がついた。今にも燃えてしまいそうだった体も、今ではなんでもない。


「どうやらグリード様は、エリアナ様の目を借りてこちらの様子をご覧になっていたようですね。あの方の感情の高ぶりが、そのままエリアナ様に悪影響を与えてしまったのでしょう」


「そんな……」


 そんなことがあるのだろうかと、私は天井を見上げた。

 天井が、徐々に腐り落ちていく。石を積み上げて作られた城だというのに。

 その赤い鱗に触れたものは全て、元の形を保ってはいられない。

 やがて、まるで宝石のように大きな緑色の目がのぞいた。天井の穴から現れた巨大な竜の頭部に、人々のかしましい悲鳴がこだまする。


「竜だ! そんな!」


「早く先に行け! そこをどくんだ!」


「ひぃぃぃ!!」


 謁見の間は大混乱になった。

 いち早く逃げ出そうとする人々と、唖然と頭上を見上げる人々と。

 近衛騎士たちが王族を避難させようとするが、どうやら避難経路が頭上から落ちてきた石の残骸で埋まってしまったらしく、立ち往生している。

 そしてグリードは、広間に顔をのぞかせたっぷり人々を畏怖させた後、その姿を消した。

 いや正しくは、竜の姿が消えたに過ぎない。

 気づくと彼は何事もなかったかのように、広間の真ん中――私のすぐそばに立っていた。

 彼は周囲の混乱などものともせず、ジルに抱かれて仰向けになっていた私に手を伸ばした。


「立て、エリアナ。そして見届けろ」


 一体何を見届けろというのか。それはわからなかったが、私にとってグリードの命令は絶対だ。


「はい」


 私は彼の手を取ると、まだ萎えている足を叱咤して立ち上がった。

 不思議と、父に会ったときよりも妹に会ったときよりもほっと安心できた。

 もう私にとって彼は、グリードのいる場所こそが帰るべき家なのだ。


「スレンヴェールの王よ」


 よく通る耳心地のいい声で、グリードは言った。

 背後に悲鳴を背負っていなければ、まるで舞台の一幕のように見えただろう。

 そして彼は、王の返事を待つことなく言葉を続けた。


「俺は、この国も俺のものにすると決めた。異論はあるか?」


 誰の耳にも、その声はよく響いた。

 その証左か、貴族たちの怒号や悲鳴が一瞬にして消え失せる。

 まるで時間が止まったようだった。人間という人間は誰も何も言えなくなってしまった。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 良くある描写と言ってしまえば簡単ですが、人間の愚かさの描き方がとても面白いです [一言] この先が楽しみです
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