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「信じがたい話だ」
静かに、王はいった。
「ただアデルマイトの革命軍が勝利したと言われた方が、まだ信じられる。新政府に助力を請われれば、こちらとしては協力を惜しまない」
「でしたら……」
「だが、それとそなたの話を信じるというのは、また別の話だ。そなたは一度、我が息子アルヴィンの婚約者となった娘。だが、咎なくその地位を追われ、そして自ら竜の花嫁になると名乗り出た」
過去を語る王の言葉に、私はじっと耐えるように耳を傾けるほかなかった。
「さぞ悔しかったであろう。無念であっただろう。父を、アルヴィンを、そして我が国を憎んでも、仕方のないことだ。そんなそなたの言葉を、鵜呑みにするわけにはいかぬ」
背後に、さざ波のようなざわめきが満ちた。嘲笑や、同情に隠した嘲り。
「待ってください! 陛下。それはあまりにも彼女のことを侮辱した考えというもの。エリアナ嬢は清廉なお方。そんな嘘をつくはずがありません。私は実際に森でーーー神殿にて竜の姿を見たのです!」
言葉をなくし立ち尽くす私の代わりに、クリスが猛然と反発した。
「クリス。宮廷魔術師長たる貴公を疑っているわけではない。だが、王は国のためすべての意見を勘案して、方針を決めねばならぬ」
「陛下!」
クリスの叫びの中で、私は悟った。
王がわざわざ私なんかの希望を受け入れ、他の貴族にも公開した上で謁見を許可したのは、私という嘘つきが、国に害をなすのを防ぐため。
エリアナ・リュミエールはすでに公爵の娘ではなく、国家に恨みある者として貴族たちに周知させるためだったのだ。
たとえば私が秘密裏に、竜の名前を触れ回りそれを信じた貴族たちから資金援助を求めたとしたら、公爵令嬢という地位も相まって多くの協力者を得ることになっただろう。
王が防ぎたかったのは、まさしくそんな事態だったのだ。
こうして私をつるし上げにすることで、エリアナの言葉に耳を貸してはいけないと貴族たちに釘を刺したーーー……。
「おそろしい!」
「自らの思い通りにならないからといって、王を誑かそうとするなどっ」
「生け贄の儀から逃げ帰った死に損ないに厳罰を!」
背後の集団の中から、私を非難する声が上がり始めた。
おそらくあらかじめそう言うよう命令されていたのだろう。集団心理を牽引するために。
そして小さな声はやがて、周囲の人を巻きこんで罵詈雑言の嵐となった。私に襲いかかろうとする人もいて、それを待機していた衛兵が必死に止めていた。
私は、思わず笑い出したくなった。こんなに何もかもうまくいかないなんて、いっそ見事だ。運命の神に呪われているとしか思えない。
今更何を言っても、この騒ぎを収めることはできないだろう。
王が、冷たい目で私を見ている。
アルヴィン様は、動揺していらっしゃるようだった。彼は、こうなる予定だとは知らなかったのかもしれない。知らなかったところで、今更どうなるものでもないが。
その時だった。広間の中に、甲高い声が響き渡ったのは。
「皆様、お静まりになって!」
声の主は、驚いたことにルーナだった。
王太子の婚約者と言うことで王妃の近くに控えていたルーナは、まるで舞台の上にいるヒロインのように前に進み出た。そして己の美貌を存分に群衆に見せつけた後、王に向かって深い深いお辞儀をした。
「陛下、我が姉のご無礼を、どうかお許しくださいませ」
彼女の口から出たのは、思いもよらない言葉だった。
だがーーー。
「姉がこのような騒ぎを起こしたのは、すべてアルヴィン様の婚約者を下ろされた悔しさゆえでしょう。私たちはそのことに気づかぬまま、姉を竜の花嫁へと送り出してしまった。すべては我がリュミエール家の監督責任でございます」
甘えた舌っ足らずはなりを潜め、ルーナは王に向かって正々堂々と意見した。
父である公爵すら押しのけ、許可なく王に直答するなど普段ならば到底許されることではないが、その場の空気が、彼女の暴走を許した。
暴走? いいやこれは、彼女が目立つための格好の舞台だ。
「陛下の、そして皆様のお怒りは最もですが、どうか矛をお納めください。姉の悲しみに気づけなかった、私が悪いのです。私が姉を、こんな卑劣な犯罪に走らせてしまったのです!」
そして彼女は、涙を拭った。
「お許しください陛下! どうかこの哀れな姉を!!」
当事者であるはずなのに、なぜか私は部外者のような気持ちでこの舞台を見ているのだろう。
恐ろしさよりもむしろ、ひどくしらけた気持ちだった。
ああ馬鹿らしい。今までこんな女のために思い悩んで、人生を捨てようとしていたなんて。
私の中で、何かがはじけた。
それは怒りだったのか、それともーーー。