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アルヴィンの取り計らいで、特別にその日のうちに謁見が許されることとなった。
父は最後まで反対したようだが、国王が望めば反対しきれるはずもない。
広々とした謁見の間には、どこから湧いたのか物見高い貴族であふれていた。急に決まったはずなのに、これだけの人が集まるのかと呆れてしまう。生きて戻った竜の花嫁を一目見ようと、広間の後方はひどくごった返していた。
「面を上げよ。直答を許す」
玉座に座る国王に、両脇に立つ王子たち。
証言のために呼ばれたクリスが、心配そうにこちらを見下ろしている。
私は広間の真ん中で、かがんでいた体をまっすぐに伸ばした。
ジルやシェリーの同席は認められなかった。私は人々に遠巻きにされながら一人、たとえどのようなことになろうともグリードのしもべである自分を貫こうと決めていた。
「まずは、よくぞ戻った。当代竜の花嫁。エリアナ・リュミエール」
嫁ぐはずだった王家を、こうして完全なる部外者として俯瞰するのはなんだか不思議な気分だ。
「リュミエールの名は捨てました。今はただエリアナと、そうお呼びください」
一息で言い切ると、成り行きを見守っていた貴族たちがざわついた。
父との確執は、遅かれ早かれ宮廷雀の格好の獲物になるはずだ。だが、かまわない。
以前のように父に怯えてばかりいては、何をなすこともできないのだと私はもう知っているから。
「では、エリアナ。宮廷魔術師長クリスより、そなたが強欲の竜を目覚めさせ行動を共にしているとの報告があったが、これはまことか?」
私はクリスを見た。
彼の顔には、『心配だ!』と大文字で書かれている。
「はい。まことでございます」
「ほぉ……」
アルヴィンよりどちらかというと弟のステファン王子に似た国王は、興味深そうに顎のひげを撫でた。
「これはこれは、まさか伝説の存在を引っ張り出すとは、姫にはずいぶんと竜の花嫁としての適性があったようだ」
国王の声音から、彼の感情を読むことはできなかった。
愉快そうではあるけれど、その奥には底知れない何かを感じる。
一度王太子の婚約者に指名されたことがあるとはいえ、相対すると国王から感じる威圧感は想像以上だった。
「なあ、アルヴィン?」
まるでなぶるように、王は自らの息子に話を振った。
姉から妹へ婚約者を変更した息子を、試すかのように。
しかし慣れているのか、アルヴィンの対応もそつがない。一言「そのようですね」と口にした後、彼はそれきり口を閉ざしてしまった。
「それで。そなたはアデルマイトからの特使としてきたと聞いたが、間違いはないか?」
王の問いかけに、私はゆっくりと首を振った。
「いいえ陛下。かの国はもう、アデルマイトではございません。強欲の竜グリード様の名を戴いた、新生グリード竜王国へと生まれ変わったのです」
ざわざわと、その場にいる人間たちがざわついた。
どういうことだとでもいうように、彼らは顔を見合わせている。
一方でアルヴィンと国王は、あらかじめ知っていたからか表情を変えるようなことはなかった。
「へえ、強欲の竜はグリードというのですか。それで、その竜が長年続いたアデルマイトの内乱を平定したと? クリスから竜について報告があったのはつい先日のこと。アデルマイトの戦争が終わったという話もまだこちらには伝わっていない。そんなにも早く、アデルマイトの国中を覆っていた騒乱がなくなるものかな? たとえそれが、人ならざる者の力を用いたとしても」
口を挟んだのは弟王子であるステファンだった。
彼の声にはどこか、事態を面白がるような響きがある。そんなことあるはずがないとでも言いたげだ。まだ若いからなのか、品行方正な兄と違ってどこか幼い雰囲気を残している。
「でたらめだ」
「ありえない」
人々のざわめきが、うねりとなって耳まで届く。
けれど私は、彼らの態度に臆している場合ではなかった。
「殿下、グリード様のお力は強大で、人如きがたやすくあらがえるものではありません。アデルマイトではグリード様のお力添えによって、革命軍が勝利しました。わたくしはそのことを伝える第一の使者。さらに詳しい情報は、追って方々からもたらされることでしょう」
口にはしなかったが、スレンヴェールでも秘密裏に彼の地への細作を放っているに違いない。それらが戻れば、自然と私の言葉も証明されることだろう。
慌てる必要はないのだと、私は自分自身に言い聞かせた。