27
久しぶりに会った妹は、何から何まで変わっていなかった。
ゆるくウェーブした薄ピンクの髪に、春の空のような薄い青色の目。フリルの沢山ついたドレスがよく似合っている。天真爛漫で、誰にでも愛される。愛しく憎い私の妹。
「殿下、ベッドに入ったままで失礼いたします」
私はまず、立ち上がって礼もできずにいることを元婚約者に詫びた。
無理をすれば立てなくもないだろうが、父の時に出なかったものを王子が来たからと言って這い出すのも妙なことだ。
父は先ほどまでと一転して、にこにこと好々爺然とした顔で妹を見つめていた。
一体何が、彼をそうさせるのだろう。私たち姉妹の間にどうしてこれほどの差がついてしまったのか。
「いや、無理はするな」
平静を装いつつも、アルヴィンの慌てぶりは明らかだった。
口元は引きつっているし、どことなく目も泳いでいる。
私はかつて、彼の婚約者の座を射止めようと血の滲むような努力をした。アルヴィンの様子を入念に観察して、できうる限り彼の希望を叶えようとした。
その杵柄が、こんなところで役に立つなんて。
全く人生というのは、どこまでも皮肉なものである。
「お姉さま! お怪我をなさったと聞きましたわ。御無事でよかった!」
そう言いつつ、彼女は私に近寄るでもなく、傍らにいたアルヴィンと腕を組んだ。
まるで、自分のものだと強く主張するかのように。
「ありがとうルーナ。心配いらないわ」
もはや習い性のように、そう口にする。
思えば今まで、ルーナと喋るときはいつも最低限の言葉で済むように気を使ってきた。
言い争うのは無駄なことだ。いつだって私が悪いことになる。だから私にできる抵抗は、いつだって彼女の意見を大人しく丸のみにすることだけだった。
「お戻りになられてよかった! もうずっとこちらにいられるのよね?」
まるで私がいなくて寂しかったとでも言いたげに、彼女は言った。
「ごめんなさい。それは無理だわ。わたくしは忠誠を誓うお方がいるの。だから、用が済んだらすぐそちらに戻るわ」
ルーナの顔に安堵と好奇心が宿るのを、私は見逃さなかった。
分かっている。彼女は私がいなくなって残念などと、本当は欠片も思っていないのだ。
だから、王太子の婚約者の座を奪い返されるのではないかと、彼女は警戒した。そしてそうではないと知ると、今度は私が仕える相手の方に興味を見せた。
「まあ! 我が家の長女であるお姉さまが、誰かにお仕えになるなんて……。それはさぞ、位の高いお方なのね?」
「ルーナ、容易く口をきくな。エリアナと我がリュミエール家は、もう何の関係もない」
父がいらだたし気に妹を注意する。
その言葉に反応したのは、驚いたことにアルヴィンの方だった。
「リュミエール卿。それはどういうことだ? こうしてエリアナが無事戻ったというのに、貴公はそれを認めないつもりなのか?」
私は少し意外に思った。
以前の彼ならば、すでに婚約者でもない私がどうなろうとも、まったく気にかけなかったことだろう。
「その娘は、できるだけ早く修道院へ送るつもりでおります。お騒がせして、大変申し訳ない」
「だが―――」
「アリヴィン殿下。これは我が家の事情です。口を挟まれるのは専横かと存じます」
丁寧な口調の中には、かすかな侮蔑があった。
妹を嫁にすると決めた王太子のことを、どうやら父はあまりよく思っていないらしい。
自分でルーナを嫁にと願い出たくせに、いざ手放すとなったら惜しくなったのだろう。我が父ながら、勝手なことだ。
「差し出がましいことを言うようですが、エリアナ様は修道院にはいかれませんよ」
人が増えて混乱し始めたその場に一石を投じたのは、意外なことに私のそば仕えであるジルだった。
「エリアナ様はいずれはグリード竜王国の王妃になられるお方です。そのようなところに送られては困ります」
ジルが極上の笑みを浮かべた。
緑の肌を持つ彼女を胡乱げに見ていた人々も、その笑顔には一瞬心を奪われたようだ。
「なにを馬鹿な……」
「王妃!? お姉さまは王妃になるの!?」
狼狽する父の言葉を遮って、ルーナが甲高い声をあげた。
耳が痛くなるような声を不快に思い、そして私は、そう思った自分に驚いた。
以前は、ルーナに対して何の感情も抱かないようにしていたから。
彼女が私から奪ったものを、数えればきりがない。けれど一度でも恨んでしまえば、もう自分の居場所はなくなってしまうと幼い頃から無意識に感じていた。
家を出て、私はようやく自分の心を取り戻したということなのかもしれない。
嫌なものを、嫌だと言える強さを。
「全ては、陛下の御前でご説明いたします。殿下、謁見の許可を取り計らっていただけますでしょうか?」
何をおいても、まずはグリードから命じられた要件を果たさなくては。
まっすぐに彼を見つめると、なぜか彼は少し驚いたように目を見開いた。