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 見舞いにやってきた父の顔には、はっきりと「複雑だ」と書かれていた。

 ベッドから降りようとした私を、ジルがやんわりと制する。

 確かに、槍につかれた人間がすぐに立ち上がってはおかしいだろう。

 私はゆっくりと、ベッドの中から会釈した。


「なんといっていいのか。エリアナ、一体どういうつもりなんだ? こんな形で、国を騒がせるなど」


 父の声音には明らかに、叱責の要素が含まれていた。

 私は、悲しいと感じる自分の心にふたをする。

 喜んでくれるはずなどないと、わかっていたことだ。不要になった娘が持参金もなく片付いて、むしろ彼らは好都合だと思っていたはずなのだから。

 それなのに、複雑な事情を抱えた娘が尋常ならざる形で舞い戻った。

 ことと次第によっては、リュミエール公爵家に不利になると判断したのだろう。

 けれど、私はむしろほっとしていた。

 むしろ今更惜しまれたら、決心が鈍っていたかもしれない。

 私が心から従うのは、グリードだけ。

 そのことを確認できてよかったのかもしれないと、私の口元には無意識に自嘲の笑みが浮かんだ。


「なにがおかしい?」


 父の問いかけに、私は笑みを浮かべたままで返した。


「相変わらずの俗物で、安心いたしましたわ」


「なんだと?」


 父が、その小さな目を剥いた。

 今まで従順だった私が、反抗してくるなんて思いもよらなかったのだろう。

 少し前の私ならこんなこと恐ろしくてとても言えなかったはずだ。けれどあの溶岩の口で一度死んだ私は、父のその顔を見ても後悔を覚えることはなかった。


「わたくしは隣国―――グリード竜王国より、正式な使者として参りました。ご心配なさらなくても、わたくしとの関わりの一切を否定していただいて結構です。もう、リュミエール公爵家の娘ではないと」


「グリード竜王国? なにを馬鹿な」


 どうやら、アデルマイトでの出来事はまだスレンヴェールに届いていないようだった。

 不審そうな父の反応は無理もない。実際目にした私だって、いまだに半信半疑でいるのだ。グリードがあっという間に、アデルマイトの内乱を鎮めてしまったことを。


「隣国アデルマイトは、新生グリード竜王国として竜であるグリード様の支配下にはいりました。わたくしは特使として、そのことをスレンヴェールに伝えるために来たのです」


「さっきから、なにを世迷い事を言っているのだ。死ぬのが恐くなって舞い戻ったのだと、そう正直に言えばいいものを」


 父の反応は、ほぼ予想通りだった。

 どうやら彼は、竜の花嫁に立候補した私が怖気づいて帰ってきたのだと判断したのだろう。

 確かに、それは事実よりも圧倒的に現実的で、実際に目にしていなければ私自身そうなのではないかと自分を疑ってしまいそうなところだ。

 だが今までの出来事の証明であるジルと、そしてシェリーが確かにここにいる。シェリーは父が気に入らないのか、威嚇のためにぐるぐると喉を鳴らしていた。


「なんとでも。とにかくわたくしは、国王様に謁見を申し込むつもりです。我が主の用を果たさねばなりません」


「止めろ! これ以上我が家の恥をさらすつもりか!」


 父の恫喝に、思わず体が竦みそうになる。

 けれど、もう昔の私ではないのだと、父の言いなりになってすべてを諦めていた頃の私ではないのだと、じっと彼を睨みつけた。

「父に向って、なんて目をするんだ」


「もう、父でも娘でもありません。公爵様なら、特使の扱いが外交的にいかに重要であるか、ご存じのはずでしょう?」


「哀れなエリアナ。お前は混乱しているんだ。すぐにお前に合う修道院を探すとしよう。謝るのなら今の内だぞ」


 貴族の若い女性にとって、修道院送りはもっとも恐れるべき刑罰だった。清貧を旨とする修道院で、結婚することもなく死ぬまで暮らすのだ。北部のそれでは餓死者や凍死者が出ることもあり、死刑がない貴族への罰として最上位に位置していた。


「ここで何を言っても、押し問答にしかなりません。他の、もっと話の通じる方を呼んでください

。グリード様に関しては、トワイニング宮廷魔術師長様が証言してくださるはずです」


 頑として言い返すと、父は処置なしとばかりにため息をついた。

 以前の私ならそれだけで自分のすべてを否定されたような気持ちになったことだろう。今はただ、自分の父親はこんな頑なな男だったのかと、気づくことのできなかった過去の自分を恥じた。

 お互い引く気配のないまま、室内に沈黙が落ちる。

 だが、間もなくしてその沈黙は騒々しい声によってかき消されてしまった。


「お父様! お姉様がお戻りになられたというのは本当ですか!?」


 声の主は妹のルーナ・リュミエール。そしてドアから飛び込んできた彼女の後ろには、かつての婚約者であるアルヴィン・ファレル・スレンヴェールが呆然とした顔で立っていた。




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