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痛い。痛い。痛い。
迂闊な自分を恨むほどの、それは激しい痛みだった。
一度は死を覚悟したことのある私でも、痛みに耐性があるわけじゃない。
燃えるような痛みの中で、私は意識を手放した。
見たのは悪夢だ。苦労して勝ち取った婚約者の地位を、妹に奪取される。
そしてそのことに不満一つ言えない、気の弱い私。
心の中は醜い感情で満たされているのに、逃げるように竜の花嫁になると願い出た。
驚いたような両親の顔。けれど私を持て余していた彼らは、致し方ないといってその要求を受け入れた。
本当は止めてほしかったのに。愛していると一言言ってくれるだけで、私の痛みは癒されたのに。
渇きがひどい。
手を伸ばして。叫んだ。ずっと言えなかったこと。
捨てないで、私を。愛して。仕方ないと諦めないで。
取り乱して、涙の一つも流せば何かが変わったのかしら。
はしたないからと、感情を殺して生きてきた。
荒れ狂う感情の波。
荒れ狂う海に放り出されて、一人では息をすることもできない―――。
***
「はあっ、はあっ、はあっ!」
自分の呼吸音に目が覚めた。
体から流れた汗で服がぐっしょりと濡れている。
滲む視界に、心配そうなジルの顔が見えた。それと、白い髪を短く切りそろえた可愛い女の子。額にぽこりと、小さな角が生えている。
「わ、わたくしは……?」
起き上がったのは柔らかいベッドだった。
重いビロードの天蓋。広い部屋の中には、私の他にジルとその少女だけ。
建築様式からして、おそらく城内の部屋のどれかだろう。
私は記憶が途切れる前の出来事を思い出した。槍で刺されて、そして気を失ったのだ。
恐る恐る刺されたはずの場所に手をやると、そこには傷も痛みもなかった。
記憶違いだろうかと不安になるが、確かに最後の記憶はそこで途切れている。
「気付かれてよかった。随分うなされていらしたので」
ほっと顔を緩ませるジルと少女に、まずはなにから尋ねるべきだろうかと頭が混乱する。
「ご安心ください。グリード様の加護で傷はすっかり癒えておりますよ。あのあとリュミエール公爵という方がいらっしゃいまして、エリアナ様が確かに娘であると証明してくださいました」
どうやら、私が気を失っている間に色々なことがあったらしい。
気を失った情けない状態で久しぶりに父と対面したのかと思うと、それどころではないのに情けないような奇妙な気持ちに襲われた。
すると私の表情を読んだのか、白い髪の少女が気づかわし気に身を乗り出してくる。
私は反射的にそのかわいらしい少女の頭を撫でた。
彼女はなされるがまま、気持ちよさそうに目を細める。
「シェリーはすっかりエリアナ様になついているのですね。角のある竜は頭に触れられるのを嫌うと言いますが」
「え、シェリー?」
それは確か、私たちをここに乗せてきてくれた小型竜の名前だったはずだ。
名前を呼ぶと、少女は嬉しそうに赤い目を輝かせた。
「うー!」
人型になっても、シェリーは言葉をしゃべれないようだった。
けれどその艶やかな白い髪は彼女の滑らかな鱗と同じ色で、なぜだかすとんと納得することができたのだった。
「心配してくれたのね。ありがとう」
温もりが欲しくて、私は思わず彼女の体を抱きしめていた。
人の子供の姿をしていても、その体はひんやりと冷たい。
興奮した彼女のお尻から、突然ずぼっと白い尻尾が生えた。
鱗の生えた、よくしなる細い尻尾だ。
これは間違いなくシェリーだと、私は思わず笑ってしまったのだった。




