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「この〝寝床〟が整うまで、エリアナは実家に帰っているといい」
グリードの予想もしていなかった申し出に、私は唖然として一瞬言葉を忘れた。
アデルマイトでダンテス伯爵との接見を済ませた後の、突然の申し出だった。
「で、ですが」
もちろん反抗しようとした。
実家になんて帰りたいはずがない。この短い期間の中で、私はすでにグリードのそばこそ自分がいるべき場所なのだと思い定めていたのだ。
しかし、私の気持ちがグリードには理解できないようだった。
「こんな土臭くて危険な国にいるより、自国で悠々自適の生活の方がいいだろう。もちろん国が定まった暁には、迎えを出してこちらにきてもらうことになるが――」
「どんなに不便で危険であろうとも、わたくしはグリード様のおそばにおります!」
グリードの言葉を遮る勢いで、私は猛然と抗議した。
あんな冷え切った家に、そして屈辱を受けた国に、どうして戻りたいなどと思うだろうか。
やっと、過去は捨ててグリードに仕えようと決心がついたのに、その途端に家に帰れというのはあまりにもひどい。
一方で、私の強い反発が彼には理解しがたいようだった。
「なぜだ。こんな土臭い場所で、俺のような者のそばにどうしていたいと願う」
「それは……」
私はグリードに、『俺のような者』なんて言葉を使ってほしくなかった。
彼は私を救ってくれた唯一の生き物だ。欺瞞に満ちた人間よりも、よほどグリードの方が親切で思慮深く、尊敬に値すると思う。
けれど、私はそれをどう言葉にすればいいのか分からなかった。
これ以上どうやって忠誠と親愛を示せばいいのか、人生経験の少ない私には皆目見当がつかなかったのだ。
「とにかく、言うとおりにしてくれ。必ず迎えに行くから」
結局、グリードの困り切ったような言葉に私はその提案を受け入れたのだった。
そんな、ここに至るまでの経緯を思い出しながら、空を仰ぐ。
私はグリードの眷属であるという竜の背にまたがり、またしても空を飛んでいた。
シェリーという名前のこの小型竜は、真珠色の美しい鱗を持っていた。グリードと違って人の言葉はしゃべらないが、雌なので気立てが優しく、動物に不慣れな私でもすぐに打ち解けることができた。
彼女はグリードほど早くは飛べないそうで、グリードの背に乗って来た時はあっという間だった距離も、数日はかかるということだった。
スレンヴェールへの旅路は、もちろんジルも同行している。
そして私の胸元には、近く新政府を打ち立てるというダンテス伯爵からの手紙と、グリードに与えられた鱗、それに彼からの親書が収められていた。
二度と帰らない覚悟で出た母国に、特使という理由があったとしても向かうのは気まずいものがある。
けれどそんなくだらない理由で、命じられた任務を放棄することはできない。
そう長くはない旅路の中で、私は特使としてスレンヴェール国を尋ねる決意を固めていた。
スレンヴェールの王都は、城塞都市だ。街を覆う高い壁を飛び越え、王宮の中庭にシェリーを着地させる。
小型でも竜の突然の訪問に、人々は驚いたようだった。
瞬く間に王宮を守る兵士たちに取り囲まれ、長い槍を差し向けられる。
その尖った切っ先に本能的な恐怖を感じたが、特使としてグリードの名誉を汚すような行いはできないと、ジルの手を借りてゆったりとシェリーの背を降りた。
「何者だ!」
「ここが城内と知っての狼藉か!?」
兵士たちもまた、竜という未知の存在に冷静を欠いているように見えた。
「わたくしは、当代竜の花嫁であるエリアナ・リュミエール。強欲の竜であるグリード様の命により参りました。わたくしは国賓としての扱いを希望します。隣国アデルマイトより、グリード様の親書と革命軍代表ダンテス伯爵からの手紙をお持ちいたしました。その穂先を下ろしてくださいませ」
できるだけ余裕のある態度を心掛けたが、無数の槍が向けられた状況で強い心を維持するというのは難しい。
グリードは容易く傷つけることはできないと言っていたが、私自身は私の体がどのように変質してしまったのかもわからないのだ。
「ば、ばけもの!」
その時、動転した一人の兵士が槍を構えたままシェリーの体に突撃しようとした。
ここまで乗せてくれた優しい竜に、怪我などさせるわけにはいかない。
咄嗟に私は兵士の前に飛び出し、シェリーを守るように両手を広げていた。
ただの公爵令嬢をしていたころの私なら、こんな恐ろしいことなどとてもできなかっただろう。
後で知ったことだが、グリードの涎を浴びたことで私は俊敏さなども強制的に底上げされていたらしい。
「エリアナ様!」
そばにいたジルの、悲鳴のような声が聞こえた。
槍の切っ先が、深く私の体に突き刺さったのが分かった。




