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捧げたはずの物資を持って帰ってきた使用人たちに、クリスは驚愕した。
「一体どういうことだ!?」
「それが、グリード様は俺たちの国ができたから物資は不要になったと……。そういい置いてエリアナ様を連れて飛び立ってしまわれました」
困惑しているのは使用人の男も同じである。
せっかく決死の覚悟で竜のもとへ赴いたというのに、結局行って帰ってきただけの、子供のお使いのようになってしまった。
「『俺たちの国』? それは竜たちの国に姫を連れて行ったということだろうか? いや、大陸に住む竜は七匹限り。そんな国あるはずもないが……」
「いえそれが、どうやらアデルマイトを制して御自らの国となすったようで。実際に目にしたわけではありませんので、たしかではないのですが」
使用人の言葉も戸惑いがちだ。
それもそのはずで、いくら竜であろうと一匹きりで長年の戦乱を収められるとはとても思えなかった。
アデルマイト出身である彼は、母国の混乱のひどさをよくよく知っていたからなおさらだ。
しかし、彼の言葉にクリスは突然深刻な顔になった。
「数日前、アデルマイトの様子を投影させていた水鏡が何らかの理由で機能不全に陥った。何者かによる魔力的妨害を予想してはいたが、まさか竜が人の国を―――」
その水鏡というのは、クリスが国王の命によってアデルマイトの様子を監視するために、常時起動させていた国宝の魔道具だった。
起動者が行ったことのある場所なら、魔力が続く限り映し出すことができる便利なものだ。
アデルマイトの隣国であるスレンヴェールは、その戦乱の影響が自国に及ぶことを恐れて隣国の長期的な監視を続けていたのである。
「……では俺は、アデルマイトに特使として国を出られるよう王に願い出よう」
「そんな! クリス様、危険です!」
収まったとはいえ長年戦乱を続けていた国である。その地に赴くとなれば、どんな危険が待ち受けているかも分からなかった。
しかしアデルマイトは隣国であり、新政府が立ったというのならスレンヴェールとしては早めにその実態を掴んでおきたいはずである。
特使の座は当然押し付け合いになるだろう。
誰であろうと、そんな危険な場所に赴きたいはずがないからだ。
クリスはその特使に、自ら願い出るつもりだった。
エリアナの安否が気になるという理由は勿論のこと、宮廷魔術師長として竜が作る国というのにも興味があった。
「悪いが、アデルマイトに戻ってもいいという者を使用人の中から見繕ってくれるか? 危険な旅路になることは間違いない。家族あるものではなく、できれば独身の男がいいだろう」
「わ、我々はクリス様のいかれるところでしたら、どこへでもお供します!」
「お前には家族がいるだろう」
「で、ですがっ」
「お前には俺が王都を空ける間、この屋敷の管理を頼みたい。いいな」
「しかし……」
クリスはそう言って、特使を願い出るため急ぎ城へと向かった。
彼は知らなかった。
その時スレンヴェールの王城には、既にグリード竜王国の成立を伝える特使が到着していたことを。
スレンヴェールに送り出された特使は、その名をエリアナ・リュミエールというスレンヴェール出身の竜の花嫁であった。