22
アデルマイトは、長引く戦乱によって荒れ果てた国だった。
上空から見て最初に思ったのは、赤いということ。
アデルマイト特有の赤土と、そして戦争によって焼かれた焦土。
その忌々しい光景は、くっきりと私の脳裏に刻み付けられた。
「ひどいですね」
私と一緒にグリードの背に乗っていたジルも、痛ましそうに言う。
「草木が一本もない」
彼女の仲間のドライアドも、この戦闘に巻き込まれて燃えてしまったのだろうか。
「ジル……」
不安に思う私に気付いたのか、ジルは私を気遣うようにぎこちない笑みを作った。
「大丈夫。植物は強い。今は絶えていても、土の中で力を蓄え春にはまた芽吹くでしょう」
本当にそうだろうかと地上を見下ろしながら、私はその言葉にすがるしかなかった。
***
「グリード様が戻ってきた!」
「グリード様!」
「万歳!」
かつて王都があった場所も、半分以上が消失していた。
グリードは着地して私たちを下ろすと、地面に影響が出ないよう素早くその身を人間のそれへと変える。
すると地上で待機していた人間が、幾人か走り寄ってきた。
武装してはいるが、敵意はない。
むしろ他の人間は震えながら平伏しているし、グリードはどのようにしてこの地を支配したのだろうかと空恐ろしくなった。
赤茶けた大地の上、崩れかけた城の前で、私は走り寄ってきた三人の男と相対した。
いや、それでは語弊がある。
彼らは地面に平伏し、決して顔を見せることがなかった。
「面倒だな。そのいちいち這いつくばる習性はどうにかならんのか」
グリードの言葉に、男たちがきびきびと立ち上がる。
他の人々と違い、彼らの動きが機敏なのは怯えているからではなく、グリードに尽くそうという気持ちゆえなのだと気が付いた。
なぜなら顔を上げた彼らの目には恐怖ではなく、どうしたらこの人に喜んでもらえるだろうかという好意的な光が宿っていたからだ。
それは私にも十分理解できる感情だったので、恐れが弱まり親近感のようなものが生まれた。
「グリード様、彼らは這いつくばっているのではなく、グリード様に反抗する意思がないことを示そうとしているのです。平伏しているととても無防備になりますから」
「そういうものなのか? まったく人間というのは理解に苦しむな」
私の説明を聞き、グリードは訝し気に顎を撫でた。
「あなたは、アルヴィン王太子殿下の婚約者である、リュミエール公爵家のエリアナ姫ではありませんか」
三人のうちの一人が、驚いたように私の名前を口にした。
驚いてそちらを見ると、その汚れて疲労が蓄積した顔には見覚えがあった。
「あなたはもしや……ダンテス伯爵家のスレイン様ではありませんか?」
私の記憶が正しければ、彼はアデルマイト王家から伯爵位に任じられた騎士であったはずだ。
その証拠に、体には重い鎧を身に着け、剣を腰に下げている。
彼の母親はスレンヴェールの出身で、その関係か幾度かスレンヴェール国内のパーティーで顔を合わせたことがあった。
「ええ。私は革命軍として戦争に参加しておりました。グリード様のお力添えで、革命を成すことができたのです」
スレインはその疲れ切った外見とは対照的に、目には希望の光をたたえていた。
どうやらグリードは、王国側を倒し期せずして革命軍側の勝利に寄与したらしい。
「別に力添えしたわけではない。俺はこの城をもらいに来たのだ」
グリードはそういうと、崩れかけたかつての王城を指さした。
「この城には今日から、俺とエリアナ住む。お前たちそれでいいな」
あまりにも強引な成り行きに、思わず口を挟もうとした。
しかし、私の返事はスレインの威勢のいい返事にかき消されてしまう。
「はい! グリード様を王に戴けば、近隣諸国の侵攻も阻むことができるでしょう。ぜひこちらの城をお使いくださいませ!」
スレインに従っていた二人も、うんうんとばかりに激しくうなずいている。
私は困ってしまった。
人々が苦労して奪取した城に、果たして完全なる部外者である私たちが居ついてもいい者だろうかと考えたのだ。
しかしスレインの言う通り、疲弊したアデルマイトを併合しようと周辺諸国は猛禽類のようにその目を光らせているだろう。
圧倒的な力を持つグリードがいるとその国々に向けて宣伝すれば、彼ら革命軍は労せずして諸国からの侵略を牽制することができるのである。
「グリード国王と、エリアナ王妃様万歳!」
「万歳!」
「え!? ちょ、ちが……っ」
私の静止の声は、人々に広まる万歳の声によってかき消されてしまった。
そして私はグリードの召使から、なぜか新生グリード竜王国の王妃に祀り上げられてしまったのだった。




