02
着飾ったドレスも宝石も、煮えたぎるマグマの前ではなんの役にも立たない。
お付きの者や案内をする者たちはみんな私を置いて逃げてしまった。
当たり前だ。
ここは肌を焼くように熱いし、いつ竜が現れてもおかしくない。
ここまできて私は、ようやく自分が死ぬのだということを実感を持って受け入れていた。
自棄になってとか、公爵の娘なのに馬鹿だとか、他の令嬢たちが陰で陰口を言っていたことを知っている。
けれど私にとって、婚約者の地位を譲らされたことは死ぬことよりも悔しいことだった。
別に、王太子を愛していたわけじゃない。
会ったことすら、数回しかない相手だ。
けれど自分よりも努力をしてない妹が、ただの我儘で私の地位を奪っていったことが許せなかった。
そして、己が不利になると知りながら、妹の我儘を受け入れた父のことも。
私には、あんなに公爵家の恥にならないようにとか、家の不利益になるようなことはするなと厳しく言い続けていた、あの父がだ。
何もかもが許せなくて、体が張り裂けそうだった。
これで妹と王太子が結婚し、その子供でも生まれれば私の嫉妬はより醜いものになることだろう。
国母となり栄華を極めることになる彼女を、そばでずっと見続けるなんて、そんなことは不可能だ。
だから私は、死ぬことにした。
貴族の娘である私にとって、最も名誉のある死。
それが竜の花嫁になるという、この死に方だったのだ。
両親はなにもそこまでと口では言いながらも、竜の花嫁に立候補した私を本気で止めようとはしなかった。
ああ、なんてあさましい。
その時初めて、私は両親が止めてくれるんじゃないかと期待していたことに気が付いたのだ。
馬鹿なことはするなと、愛しているから行かないでくれと、抱きしめてくれるんじゃないかと。
けれどそんなことはなくて、あの人たちは死にゆく私を名誉なことだと言って送り出した。
唯一妹だけが目を潤ませていたけれど、それだって王太子の好感を得るための演技だと、私は知っている。
だって、ほとんど交流することもなかった姉妹だもの。
もし妹に私のために流す一粒の涙があるのなら、今頃きっとこんなことにはなっていなかったはずだ。
―――ああ、私は。
なんて愚かだったんだろう。
誰かに求めてばかりで。
愛してほしいの一言すらいえなかった。
そんなこと、言ったって無駄だっただろうけれど。
それでこんなところまで自分を追い込んで、死の際に立って自分を悔いてる。
それも今更だ。
私はもう死ぬのだから。
嫉妬も後悔も何もない場所へ行けるのだから。
そして私は―――その火口から灼熱の赤い海に身を投げた。
***
―――今日はよく晴れているなあ。
グリードは己の巣穴である火口から空を見上げ、そんな呑気な感想を抱いた。
怠け者のスロウスではないが、彼はもうここ何年もこの火山から外に出ていない。
自分が外に出ると外の小さな生き物たちがわいわい騒ぐので、それを見るのが億劫なのだ。
火山の中ならば彼を討伐しようと勇者がやってくることもない。
グリードは居心地のいい寝床で、ごろごろと惰眠を貪っていた。
その時、彼の目にきらりと光る小さな何かが飛び込んできた。
どうやらそれは、火口から落ちてきたものらしい。
なんだろうか。グリードはそれに興味を持った。
きらきらと光るものが好きなのは、グリードたち竜族の特性でもある。
グリードはその大きな体を持ち上げると、大きな羽を広げばさりと羽ばたいた。
火口の中にとんでもない風圧が生まれ、赤い巨体が信じられないような速さで光るそれをあぐりと口の中に収める。
グリードがマグマを避けて地面のある場所にその光るものを吐き出してみると、それは手足のある動物。小さな人間であることが分かった。
光っていたのは白銀の髪―――グリードが拾ったのは、長い髪をした人間だったのだ。