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 クリスから送られてきた物資は、多岐に渡っていた。

 複数のドレスから、食料。それにそれを調理する料理人まで。

 閑散としていた神殿は一気に騒がしくなり、荷物を運んできた使用人とそれを護衛してきた傭兵が、神殿の近くに大型のテントを建て始めている。


「ま、まさかこんなことになるなんて……」


 私はその様子を見て血の気が引いた。

 騒がしくなったことで、グリードの機嫌を損ねてしまったのではないかと危惧したからだ。

 そのグリードはと言えば、先陣に混じっていたクリスの使者に会ったきり、神殿の奥に引っ込んでしまっている。


「お嬢様は、よほどそのクリスという方に愛されているのですねえ」


 ジルが、まるで面白がるように言う。


「クリス様は陛下にお仕えになっている宮廷魔術師長よ。そんな風に言うなんておこがましいことだわ」


 事情を説明したのに、ジルは私と一緒に慌ててはくれなかった。

 先ほどから楽しそうに、客人たちの宿営の様子を眺めている。

 するとその時、二人の目の前で傭兵の一人が木を切ろうとし始めた。

 邪魔だったのかそれとも設営に役立てようというのか、とにかく私は慌てる。

 神殿の近くは神域であり、ついでにいうならグリードに捧げられた土地だ。その土地の木を勝手に切ってしまうのは不敬にあたる。更に言うなら、隣にいるのは木の精であるドライアドなのだ。

 私は宿営に必要なのだろうと思いつつも、ジルの目の前で木を切るのはやめてほしいと思った。


「待って!」


 半ば裏返った私の悲鳴に、宿営準備をしていた人々の手が一斉に止まる。

 私は木を切ろうと斧を振り上げていた男に駆け寄った。


「ここはグリード様の土地です。勝手に木を切らないでください」


 がっしりとした、髭面の男だ。

 彼は困惑したように、ゆっくりと斧を下げた。


「はぁ。しかし、この木を切らなければ、我々のテントが建てられません」


 私は困ってしまった。

 さすがに物資を置いて、その足で帰れなんて非道なことは言いたくない。

 どうしようか迷っていると、くすくすと笑いながらジルが近づいてきた。


「ありがとうございますエリアナ様。私のことを気にしてくださったんですね」


 グリードの土地だからと説明したが、ジルには私の懸念がしっかり伝わっていたらしい。


「ならば、こうしましょう」


 そう言って、ジルはしゃがみ込んで大地に手をかざした。

 するとその手の下から、するすると蔦が生えてきた。蔦は地を這いながらみるみる大きくなり、更にジルの手の下からは何本もの蔦が生えてきた。

 木を切ろうとしていた男も、その近くにいた使用人たちも、私だって驚いて言葉をなくした。

 そうしている間に寄り集まった蔦は、自身を編むようにして大きな箱のようなものを形成した。どれくらい大きいかというと、グリードのために建てられた神殿と同じくらいだ。

 それ自体が意志を持っているような蔦は、するすると動いてたちまち神殿を写し取ったような形となった。

 即席の蔦でできた神殿を、私を含めた人間たちはぽかんと口を開けて見上げるより他ない。


「とりあえず、神殿の形に似せておきました。これならここにいる人間が全員雨風を防ぐことも可能でしょう」


 ジルは何でもないことのように言うが、彼女が行ったのは明らかに奇跡の御業である。


「ドライアドは……みんなこのようなことができるの?」


 咄嗟に口から出たのは、そんな陳腐な問いだった。

 本当はそんなことどうでもいいはずなのに、頭が真っ白になってろくな質問が浮かんでこなかったのだ。


「いいえ。私はドライアドの王に力を頂いていますので、特別なんです。さあ皆さん、遠慮なくこの建物を使ってください」


 自生した蔦を果たして建物と呼んでいいのだろうかと思いはしたが、特に口にはしなかった。

 剣を腰に下げた傭兵たちが、恐る恐る蔦でできた神殿に分け入っていく。人々は荷下ろしの手を止め、固唾をのんでその様子を見守っていた。


「そんなに警戒しなくても中に魔獣なんていませんよ」


 魔獣というのは、人語を理解しない凶悪な種族である。

 私も見たことはないが、それを倒すことによって魔術に使われる特殊な宝石が手に入るそうで、それを採取することを生業とした人々がいることも知識としては知っていた。

 そしてそんなことを考えていたから、私は神殿からグリードが出てきたことにも気づかなかった。


「何の騒ぎだ?」


 鋭い声に振り替えると、そこには直立した赤い竜が、いらだたしそうに人々を睥睨していた。




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