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 グリードは驚いていた。

 目を真ん丸に見開き、限界まで近づいていた私と慌てて距離をとった。


「……なぜこんなことをした」


 心底不思議そうなその声に、緊迫した空気がほどけるのを感じた。

 よかった―――グリードは怒っていないようだ。


「申し訳ありません」


「謝れといったんじゃない。どうしてあんなことをしたのかと言っている」


 どうしてだろうか。

 私は自分で自分に問いかけた。

 奇をてらって窮地から脱したかった? だとしたら、その思惑は一応成功である。

 けれど私は、そんな理由で自らキスを迫るようなはしたない女ではないはずだ、多分。

 貴族の恋愛の場、社交場ではいつも気を張っていたので、誰かのかりそめの恋に溺れるようなことはなかった。

 頬にする親愛のキスには慣れているが、今グリードに送ったそれは明らかに意味合いが違う。違いすぎる。


「恐くないと、お伝えしたくて……」


「恐くない? 実際震えていたではないか」


 ようやく自分のペースを取り戻してきたらしいグリードは、私を警戒するようにちょうど二歩分の距離を開けて言った。

 震えは消えたが同時に心細くなって、思わず祈るように己の手を組む。


「お許しください。いつ食べられてもいいと覚悟はしておりますが、それでも本能に逆らうことはできません。今後は震えぬよう気を付けますから、どうかお怒りをお静めになってください」


 私も余裕がでてきたので、言葉を尽くしてグリードの許しを乞おうとする。


「たっ、食べられてもいいとか言うな!」


 グリードは己の顔を覆って、さらに二歩ほど後退した。

 合計で四歩も空いてしまっては、さすがに会話をするのには少し離れすぎだ。

 距離を詰めようと、壁際に追い詰められていた私は二歩前に進み出た。


「でも、本当のことです。私は一度死んだ身。グリード様に尽くすこと以外生きる意味はありません。だからどうか、私のことをお見捨てにならないでください!」


 興奮して、更に一歩前に出る。

 まるで逃げるように、グリードはもう一歩後退した。


「見捨てるとか誰も言ってないだろうが! だから落ち着け! 分かったから!」


 自分でも意図しないうちに、どうやら私はグリードに歩み寄っていたらしい。

 これ以上近づけないよう両肩を掴まれたことで、自分がどれだけはしたないことをしていたのかようやく気付く。


「も、申し訳ありません!!」


 気づいてしまえば、もう耐えることはできなかった。

 体の奥底から、どうやら休憩していたらしい羞恥心がこみあげてくる。

 グリードを恐怖していた時とは比べ物にならないほどがたがたと、体が震えた。

 こんな状態で、これ以上自分の浅はかな部分を見られ続けるなんて考えられない。


「失礼しました!」


 反射的に、私は祭壇のある部屋を出た。

 幼いころから走るなんてはしたないと窘め続けられてきたので、随分不格好な動きだったことだろう。

 それでも私は、背中を向けてグリードから逃げ出した。



  ***


「おい!」


 一方でグリードはと言えば、先ほどから迫ってきたり逃げたりと忙しい己のしもべにすっかり振り回されている。

 彼は、彼女を意図して救ったわけではない。

 ただ奇麗なものが落ちてきたから、本能に従って反射的にくわえてみただけなのだ。

 結果的にそれは人間で、グリードは一度助けたからにはと彼女の世話をすることになった。

 しもべとは言ってみたものの、永く一匹きりで暮らしていた彼は生き物をそばにおいておいておくということに慣れていない。

 グリードが何の対処も施さなければ、地上の生きとし生ける者たちはグリードのちょっとしうた動作で簡単に死んでしまうものだからだ。


(そうだ。だからずっと、火口で眠っていたのに)


 エリアナは、竜の花嫁という名の行き場のない生贄だった。

 捧げられたものならば、やはり生殺与奪権はグリードにある。

 そしてグリードは、自分の人生をすっかり諦めているエリアナを、なんとか生かしたいと思っている。

 なのに食べてくれだとか好きにしろとか、エリアナの発言はかなり過激だ。

 グリードを怖がって震えたりするくせに、自らその牙に口づけしたりする。

 ドラゴンはその硬質な赤い髪をがしがしとかきむしった。

 そうしても何も名案は浮かばないのだが、とにかくあの娘と問題なくやっていかなければならない。

 できるだけ優しくしたいと思うのに、彼女に妙な視線を向ける男たちを、どうしてか警戒してしまう。

 美しいものは見せびらかす方が楽しいと思っていたが、グリードはエリアナを閉じ込めて誰の目にも触れさせたくないと望んでいる自分を奇妙に思うのだった。



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