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「し、しかし!」


 クリスが慌てて反論しようとする。

 きっと私に同情してくれたのだろう。

 その気持ちは嬉しいが、私の喜びはグリードのそばにこそあるのだった。

 彼の反論を押しとどめるように首を振ると、クリスはなぜか裏切られたような顔をして悄然とソファに深く沈み込んだ。


「こんなことなら、なにがあろうとも殿下との婚約に反対しておくんだったっ」


 クリスの小さな呟きに、どうしてそんなに親身になってくれるのだろうかと不思議な気持ちになった。

 ローブを着た、顔の見えない不思議な方だと思っていたが、どうやら随分とお優しい方であったらしい。

 味方なんて誰もいないと思っていたが、自分の気づかなかないところでこんなにも気にしてくださっていた方がいるのだと思うと、なんだかくすぐったい気持ち。


「ありがとうございます。宮廷魔術師長様にそう言っていただけるだけで、十分ですわ」


 彼ははじかれた用に顔を上げると、とても悲しそうな顔で私のことを見上げた。

 たかが貴族の娘一人をこんなにも気遣ってくださるなんて、なんと慈悲深い方なのだろう。


「そういうことではなくて、私は、あなたを―――!」


「おい、いつになったら街に入れるんだ?」


 興奮して立ち上がったクリスの言葉を遮ったのは、やはりというかグリードだった。

 どうやら彼は退屈してしまったようだ。

 私の境遇などという愚にもつかない話に、長時間突き合わせてしまったことに対する申し訳なさがわいてきた。


「申し訳ありません、グリード様」


「いや、エリアナに言ったわけじゃないんだが……」


 謝ったら、こう返された。

 けれど、話が大筋を外れてしまったのはやっぱり私の存在が原因だと思う。

 クリスは気が抜けたようにソファに座り込むと、既視感を感じるため息をついた。


「先ほどお話しした通り、貴賓としてお二人を城にお迎えいたします」


 クリスの声は、かわいそうなほどに小さくなっていた。

 大変なことを頼んでしまっているのだ、彼の心労は想像に難くない。


「あの、でしたらわたくしは神殿に残りますわ。私が生きたまま城に現れたら、驚いたり困ったりする方は少なくないでしょうし……」


 というか、端的に言ってもう妹の顔など見たくなかった。

 あの、殿下の隣で勝ち誇ったように微笑む妹の顔など。


「エリアナがこなければ意味がないだろう。お前の生活に必要なものを買いに行くのに」


「ですが……」


「あの、生活必需品がご入用ですか?」


「はい。わたくしは結構ですと申し上げたのですが……」


「俺には人間が生きるのに必要な物が分からん。そうだ、そこの人間。お前が見繕って神殿に捧げるというのなら、それでも一向にかまわんのだがな」


「そんな! クリス様にそんなご迷惑をかけるわけには……」


 話は、思いもよらぬ方向に進んでいた。

 私が生きるために必要な物を、関係のないクリス様に賄っていただくわけにはいかない。

 とはいえお金も技能もなく、誰かの世話にならなければ生きていけなそうなわが身が悔しかった。

 森の中に最低限の食べ物はあるかもしれないが、私はそれを採集したり毒と見分けたりする技能が徹底的に欠けているのだ。

 未来の王妃教育として施された知識は、驚くほど生きていくのにはなんの役にも立たないのだった。

 帝王学だって、仕える人間がいなければ何の意味も価値もない。

 私が苦悩していると、クリスが再び立ち上がり意気込んでこう言った。


「わたくしでよろしければ、喜んでグリード様とエリアナ様に捧げものをいたします!」


「クリス様! ですが」


 彼の決断はあまりにも素早く、私は呆気にとられてしまった。


「いいえエリアナ様。よく考えてみれば、王都に暮らす人々に生贄は不要というグリード様のお考えを分かっていただくには、膨大な時間が必要かと思われます。なにせ、先祖代々連綿と続いてきた行事なのですから。幸い―――と言っていいかわかりませんが、エリアナ様のおかげで次の生贄が選ばれるのは十年後。それまでに時間をかけて、グリード様が我々に対して害意をもっておらず、ゆえに生贄は必要ないのだという考えを浸透させていかねばなりません」


「ふん。害意が全くないというわけではないぞ。俺を侮り立ち向かってくる者に容赦はせぬ」


「分かっております。ですがこちらとしても、もうエリアナ様のように悲しい決断をする乙女を出さなくいよう、努力せねばなりません。生贄があなたのお望みにかなわないと知ったからには―――強欲の王よ」


 クリスの言葉に、グリードは鼻で笑って小さくうなずいた。


「よかろう。せいぜい努めろよ人間。それでは、俺たちは神殿にいる。人が暮らすのに必要な物一式を届けさせろ。いいな?」


「かしこまりました」


 こうして、私の意志とは関係なく話し合いが決着してしまった。

 私は本当にこれでよかったのだろうかと疑問に思いながら、再び馬車に乗ってグリードと神殿に戻ったのだった。




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