13
「まさか、こんなところでお会いすることになろうとは思いませんでしたわ」
呆然としていると、クリスがローブを乱暴に放り投げてこちらに戻ってきた。それも小走りで。
城では落ち着いた―――というか顔も見えない謎めいた方という印象しかなかったので、忙しないその様子に二重の意味で驚かされてしまった。
「そ、それはこちらのセリフです! まさかエリアナ様が、生きていらっしゃったなんて……」
よほど興奮しているのか、クリスはその顔を真っ赤に染めていた。目は少し潤んでいるし、もしかしたら体調もあまりよろしくないのかもしれない。
「おい!」
クリスはまだ何か言いたげだったが、詳しい説明をする前に話はグリードに遮られてしまった。
しかし、そのあとにグリードが発した言葉は私たちの予想をはるかに超えていたのだった。
「その『竜の花嫁』とはなんだ? エリアナが自殺しようとしたこととなにか関係あるのか?」
「ええ!?」
裏返った声はクリスのものだが、私も全く同じ気持ちだ。
むしろ驚きすぎて、声も出せないくらいだった。
「わ、我が国の伝承にのっとり、十年に一度あなた様に捧げられるその……生贄のことです」
「生贄? そんなもの要求したことは一度もないぞ!」
クリスの説明に、グリードはさも心外そうに言う。
確かに思い返してみれば、今までの私へのグリードの態度は、その言葉をしっかりと裏付けるものだった。
最初こそ涎まみれにされたものの、そのあとは水浴びに連れて行ってくださったり果てにはドライアドの侍女さえ付けてくださったのだ。
随分優しくしてくださるとは思っていたが、まさか私が自分に捧げられた生贄だと知らなかったとは。
「あの、ご存じなかったのでしたら、今からお食べになりますか……?」
なんだか申し訳なくなって、私は彼の前に自分の手を差し出した。
「姫!」
「いらん!」
クリスとグリードが、同時に悲鳴と怒りの中間のような声を上げる。
非難するような四つの目に見つめられ、私はおどおどと手を下した。
そして二人は、ほぼ同時に重いため息をつく。初対面のはずなのに、この二人はどうやらよっぽど気が合うようだ。
「―――それにしても、まさか俺に捧げられた生贄だったとは。たまにごてごてと着飾った娘が身投げしに来るので、おかしいとは思っていたのだ。わざわざその格好で、山を登るのは大変だからな」
どうやら、人間よりはるかに長い寿命を持つドラゴンには、十年に一度も『たまに』で片付けられる程度のことらしかった。
それにしても、求められてもいないのに生贄になった自分がなんだか虚しくなる。
私は助けられたからまだいいが、他の無念にも死んでいった娘たちが哀れで仕方ない。
「……城に戻ったら、国王に奏上させていただきます。竜は生贄を求めてはいらっしゃらないと」
我が国の伝統的な行事だが、それがいいだろう。
これで私を最後に生贄に選ばれる娘がいなくなるのかと思うと、むしろここで分かってよかったんじゃないかというような気さえした。
「一応、生贄を捧げていることで、山から出ずにいてくださっていると伝わっているのですが、ではそれは全く関係なかったと」
「知らんな。俺はただ眠っていただけだぞ。外に出るとあちこちを腐らせて、他の種族の王からうるさく言われるのでな」
人の姿でいる今こそ麗しい青年でしかないグリードも、その本性は触れたものをすべて腐らせる巨大な竜である。
昔の人々が生贄を捧げてでも大人しくしていてほしいと思った気持ちは分からないでもないし、それがグリードに認知されていない取り決めだったというのはただただ悲しい真実だ。
「クリス様、生贄を出した家の人々に真実をそのままお伝えするのは……その……」
我が家は別として、中には泣く泣く娘を差し出した家もあったことだろう。十年に一度ということは前回や前々回の生贄の縁者の方々はご存命の可能性が高く、そんな人々にこの残酷な真実を伝えるのはいくらなんでも気が引けた。
「そうですね。大丈夫、国王にはうまく私から言っておきます。そうだ、確か、王都に入りたいとおっしゃっていましたよね? では、グリード様は国の来賓として城にお招きすることにいたしましょう。そうすれば、身分証がなくても検問を通過することができます。エリアナ様が生きているという事実も、一刻も早く国に知らせなければ。公爵閣下はお喜びになるでしょう」
クリスはにこやかに言うが、私はそれはどうだろうかと思った。
私なんていなくてもいいだろうと生贄になったのだ。今更戻ってきたところで、新たな問題が増えたと嫌な顔をされる予感がひしひしと感じられた。
父と母にとって必要な娘は妹ただ一人で、それは彼女を婚約者とした王太子殿下とて同じこと。
今更私が帰ったところで、王都のどこにも帰る場所はないように思われた。
「あの―――」
「生贄とやらは知らんが、エリアナは返さんぞ。この娘はもう俺がしもべとしたのだからな」
グリードの何気ない言葉に、心臓が飛び跳ねる。
どうやら私は、グリードにしもべと呼ばれることを、嬉しいと感じているようだった。
そしてはっきりと、王都に戻るよりも彼の元にいたいという自分の気持ちを自覚した。