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「まずは、人間に必要なものを買いに行くか」


 翌日、寝起きにぼんやりとしていたら、やってきたグリードにいきなりそう切り出された。


「必要なもの、ですか?」


「そうだ。この神殿にあるものだけでは不自由だろう。俺にはよくわからんが、とにかく街に買い物とやらをしに行く」


「わ、わたくしのことでしたら、お気になさらず。グリード様にお手数をおかけするわけには……」


「うるさい。ここまでしておいて、弱って死なれでもしたら困る。いいから黙ってついてこい」


 こういわれてしまっては、逆らうわけにもいかない。

 私は本当にいいのだろうかと困惑しながら、ジルに手伝ってもらって身支度を整えた。

 と言っても、化粧品もないので服を着替えて、適当に髪をまとめてもらっただけだが。

 いつも外出には沢山の準備時間が必要だったので、公爵令嬢をやめただけでこんなに楽になるのかと、私は心の中で喝さいを送りたくなった。

 ついこの間まで毎日妹のことで汲々としていたのに、今はこんなにも心が安らかだ。


「それでは出かけるぞ」


 神殿から出ると、太陽の光が眩しかった。

 そして神殿の前にはなぜか、馬のついた無人の幌馬車が止まっている。

 幌馬車の中を覗き込んだ私は、思わず驚きに言葉をなくした。

 農夫が使うような質素な馬車の荷台に、なんと金銀財宝が大量に積み込まれていたからだ。

 一体どういうつもりなのかと、私は恐る恐るグリードを見た。


「買い物とやらをするには、金が必要だと聞いた。これだけあればさすがに足りるだろう」


 私だって元公爵令嬢で常識知らずだが、さすがこの金銀財宝がちょっと買い物にはふさわしくない量だということぐらいは分かる。

 家庭教師による貨幣価値の授業では、金貨一枚もあれば平民の家族が、一か月十分に暮らしていけると言っていた。


「グリード様、その……こんなにたくさんお金を持って街に入ると、余計な厄介ごとを呼び込んでしまうかもしれません。もっと少ない量でよろしいのではないかと」


「余計な厄介ごと? それは例えばどのようなことだ?」


「例えば盗人に狙われたり、商店で価格以上の金額を請求されたり、です」


 と言ってはみたものの、私自身自分でお金を持って買い物なんてしたことがないので、それ以上に具体的な例は思いつかないのだった。

 なんて自分は無知なんだろうと思う。

 王太子妃になるため毎日勉学に励んできたが、王国の歴史もマナー講習も、今になっては何も役に立たないのだから。


「ふむ。盗人は縊り殺せばいいし、適正な価格で売れと店主を脅せばいいのではないか?」


 グリードの解決案は、どれも平和的とは呼び難いものだった。

 街でそんなことをすれば、すぐに私たちの方が悪人として衛兵につかまってしまうに違いない。


「グリード様。街の中でそのようなことをすると、すぐにお尋ね者になってしまいます。捕まったら牢屋に入れられて、最悪の場合死刑になります」


 こわごわと反論すると、グリードは私の意見を鼻で笑った。


「そうなったら、街ごと滅ぼせばいい。問題ない」


 ――どこがだ。

 問題だらけだと、言い返したくなるのを私はすんでのところで我慢した。

 このドラゴンに人間の常識を分かってもらうにはどうすればいいのか。

 頭を抱えていると、私の外出の用意をしていたジルが、そばまできて明るい笑い声をあげた。


「何がおかしい?」


 不愉快そうに、グリードがジルをにらみつける。

 ジルは私付きの使用人なのだから、もしなにかあったら主人である私が守らなければいけない。

 そう思っていつでも仲裁に入れるようにと、私は決死の思いで身構えた。

 人である身で竜に逆らうなんて馬鹿げたことだと分かってはいるが、私に優しくしてくれたジルを、見捨てるなんてとてもできなかった。

 しかし結局のところ、私の決意は無駄なものとなった。

 ジルは笑いを収めると、いつもとは違う低い声でこう言った。


『山の中に何百年もこもっているから、そんな風に世間知らずになるんだ。グリードめ』


「ジル……?」


 その言葉は、とてもジルのものとは思えなかった。

 まるでジルの口を借りて、全くの別人がしゃべっているように思えた。


「ドライアドの王か。悪趣味だな。のぞき見とは」


 どうやら、先ほどの笑い声もジルではなくそのドライアドの王のものだったらしい。

 突然のことだったので、私は黙って二人のやり取りを見守るよりほかなかった。


『のぞき見もなにも、この者とて儂の体の一部よ。この森のドライアドは皆、儂から派生した枝木にすぎぬ』


「うるさい爺ぃだな。少しは黙っていろ」


『儂が爺ぃならお前は大爺だ。そんな世間知らずでは、街へ行ってもその娘に恥をかかせるだけだぞ』


 グリードを揶揄るその声は、心底楽しそうだった。

 そしてその語調に反比例するように、グリードの眉間の皴が深くなっていく。


「あの! ドライアドの王様。お気持ちをお静めください。わたくしは恥などとは……」


 そんな立場ではないと思いながらも、私は勇気を出して二人の話に割り込んだ。

 これ以上、グリードが罵倒されるのは耐えきれないと思ったからだ。


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