01
大国スレンヴェール。
その国で私は、最上位貴族である公爵の娘として生を受けた。
生まれた時から、何かに不自由した覚えはない。
相応しい教育を受け、教養を磨き、家名に恥じない人間になろうと絶えず努力してきた。
そのおかげもあってか、概ね両親の期待に応えられる人間になれたはずだ。
父の願い通り、次期国王である王太子の婚約者の地位も射止めることができた。
ところが、だ。
その王太子殿下が我が家を表敬訪問されたおり、あろうことか妹は殿下に一目惚れをしたと言い出した。
恋をしてしまったと。
だから自分があの人の妻になりたいと。
正直、馬鹿かと思った。
だって、貴族の結婚に好きも嫌いもあるか。
たしかに、王子は品行方正で眉目秀麗。ついでにいうと人当たりの良いおおよそ欠点というものが見当たらないお方だ。
けれど私は彼が好きで婚約者を目指したわけではないし、向こうも私を選んだのは打算あってのことだろう。
それを、一目惚れという個人の事情でご破算にしようというのか。
私とは違い、両親に甘やかされて育ったため天然なきらいのある妹は、恥ずかしげもなくそう言い放ったのだった。
そしてはじめはわがままをやめなさいと妹をなだめていた両親も、彼女が恋煩いで寝込んだりなんだりしているうちに、すっかり態度を軟化させてしまった。
同じ自分の娘ならばどちらを王子の妻にしても同じだろうと、あろうことか殿下本人に婚約者の変更を願い出たのだ。
こんな馬鹿な話があるか。
妹が馬鹿なら、両親は大馬鹿だ。
けれど私が最も打ちのめされたのは、公爵の娘なら本当にどちらが婚約者になっても同じというその事実に対してだった。
婚約者の変更を受け入れておけば、父である公爵に恩を売れると考えたのだろう。
間もなく、王子から変更を了承する旨の書簡が届いた。
妹は飛び上がって喜んだけれど、私は地獄の底に突き落とされたような気がした。
ダンスも勉強もマナーも刺繍も、私の地位を留めておくのになんの役にも立たなかったのだ。
やがて婚約者の変更が発表されて、私は栄光から一転妹に婚約者を寝取られた哀れな娘として社交界で蔑まれることになる。
ああ、どうしてこんなことになってしまったのか。
人徳がなかった?
運が悪かった?
それだけのことで、どうしてこんな恥辱を与えられなければならないのだろう。
そういうわけでやけになった私は、竜の花嫁というやつに立候補することにした。
竜の花嫁というのは、10年に一度竜の眠る活火山にその身を投げる、有り体に言えば生贄だ。
生贄は身分が高ければ高いほど良いとされ、毎回平民ではなく子爵や男爵の娘が選ばれていた。
生贄を出した家は、娘を一人失う代わりに恒久的な栄誉と国から遺族年金を受け取ることができる。
公爵家の資産から考えればそんな年金などはした金に過ぎないが、竜の花嫁にさえなればわが家が栄誉を得ることになり両親が喜ぶのではないかと、愚かな私は考えたのだった。
どうしても、妹よりも役に立つ自分を証明したくて。
熱い熱い、マグマの沸き立つ火口に立って気づく。
何不自由ないと思っていた私の暮らしは、たった一つだけ大切なものが欠けていた。
それは両親からの愛。
ずっとそれが欲しくて、絶え間ぬ努力をして来たのだということを。