深夜一時、流星群。
「──寒い!!」
深夜一時。隣で寝転がっていた恋人──麻衣は静かな河川敷で叫んだ。勿論その声は辺りに響き渡り、周りの人の冷ややかな視線が僕達に突き刺さる。身動きの取れない状態にある彼女に代わって、起き上がっている僕がそれとなく周りに頭を下げておいた。
さっきの叫びはありとあらゆる防寒グッズを装備し、全身をすっぽり寝袋に埋めた状態での発言だった。麻衣は寝袋によって真ん丸になっており、どこかのマスコットキャラクターのような見た目をしている。とても可愛らしいが、唐突に大声で叫ぶのは迷惑だ。
僕の方が軽装なのに、と思わず言いそうになった言葉をぐっと飲み込んで麻衣を嗜める。
「麻衣、気持ちは分かるけど迷惑になるから」
「ごめん……。寒いって分かってたけど、ここまで寒いとは思ってなかった」
麻衣は申し訳なさそうな声で謝ると、くしゅん、と短くくしゃみをした。発言は嘘ではなく、どうやら本当に寒いらしい。麻衣の鼻先は赤くなっていた。
「だから車で見ようって言ったのに」
「でも折角の流れ星、こうやって寝そべって見たいなーって思うでしょ? 寒くてもこっちの方が雰囲気あるし、願い事も叶えてもらえそう」
冬の空を駆けるふたご座流星群。これを眺める為に、僕達は深夜の河川敷に来ていた。きっと周りの人達も同じ目的だろう。みんなして空を見上げ、いつか流れるであろう星々を待っている。一瞬の軌跡をこの目で捉えようとしていた。
星を見よう──。麻衣がそう提案したのは、今日の夕方のことだった。今夜流星群を観測出来るという記事と共にメールが来た。麻衣はいつも楽しいことを提案してくれるが、どんなものでも言うのが遅い。この前も急に遊園地に行きたいと言い出し、その一時間後には入園していた。今日も仕事終わりに急いで合流し、バタバタしながら準備を済ませて今に至る。あまりにも唐突すぎたから、寝袋の数も足りていない。麻衣が使っているものは僕の家にあったものだ。本当は僕も使いたかったが、彼女に風邪を引かれても困るので譲った。
自動販売機で買った温かい缶コーヒーを飲まずに湯たんぽ代わりにし、頭上に広がっている無数の星が瞬く夜空を見上げる。これだけでも十分綺麗だ。麻衣の提案に乗って良かった、と素直に思う。
「全然流れないねー」
「街の明かりもそこそこあるしこんなものじゃない? もっと壮大なものが見たいなら、明かりが少ないところに行かないと」
「じゃあ、次は山に行こう! ちゃんと賢ちゃんの寝袋も用意して……これ賢ちゃんのだから用意するのは私? まぁいいや、絶対見ようね」
曇り一つない快晴のような笑みを浮かべ、麻衣は声を弾ませる。今度はああしようこうしようと、まだ流れ星が見えてないのにもう次の流星群に想いを馳せていた。
子供っぽくて、気が早い。そんな彼女に振り回されながらも、いつも見せてくれる純真無垢な笑顔に僕は惚れている。隣で好きな人の笑顔を見れることが僕の幸せだ。
麻衣と同じように寝転がってその横顔を眺めていると、視界の端で一つの星が空を流れていく。わざわざ寝転がったのに、思わず体を起こしてしまった。流れていった場所を指で追いながら、僕はぼそりと呟く。
「あ、流れ星」
「えっ、どこ?」
「今あっちの方に流れてた」
麻衣は一生懸命瞳を動かし、夜空に軌跡が残っていないか探している。可動範囲が狭くてとても探しづらそうだ。そんな麻衣とは対照的に、僕は顔ごと動かして流れ星を探す。すると、麻衣が見ている場所とは反対の方向でまた一つ星が流れていった。
「今度はそっちに流れ星が」
「えー! なんで賢ちゃんだけ見れて私は見れないの!」
不満ありげに口を尖らせ、ぶつぶつと文句を言いながら必死に流れるであろう場所を探している。やっぱり麻衣は子供みたいで、僕は少し笑った。そうしたら、今度は僕の態度が気に入らなかったのかもっと文句を言い始めた。
「私は真剣に探してるのに、賢ちゃんはいつも馬鹿にするよね。私そんなに馬鹿じゃないのに、こんなにも差を感じるのは何でなんだろう。全然流れ星見当たらないし。私も早く見たいし願い事唱えたいのに──って流れ星!」
身動きの取れない体の代わりなのか、麻衣は迷惑にならない程度に声を張り上げる。僕も見ようと麻衣が見ている方に視線を向けるが、そこにはオリオン座が佇んでいるだけだった。流れ星も良いが、一等星も美しい。
麻衣はようやく自分の目で見れたのが嬉しいようで、目尻に涙を浮かべて声を震わせる。
「生流れ星綺麗……速いから願い事言えないけど……見に来た甲斐ある!」
僕も頷く。本当に、見に来て良かった。満天の星空の下で、幸せな一時を過ごせるのだから。
いつの間にか寝袋から脱出していた麻衣の右手が僕の左手に重なる。缶コーヒーも冷めてしまってすっかり冷えきった僕の手とは違い、麻衣の手は温かくてどこか優しい感じがする。夜空と同じ色に塗られた爪が指と指の間に絡まっていった。
「寝袋から出ちゃって大丈夫?」
「うん。感動したら、体がぽかぽかしてきたから。それに、私達同じ流れ星を見れてないでしょ? 賢ちゃんと一緒に見たいなって」
「そっか、ありがとう」
「こちらこそありがとう」
突拍子もない発言も多いけれど、いつも麻衣は言われて嬉しいことを恥ずかしがらずに言ってくれる。おかげで僕も素直になれる。だから彼女が好きなのだ。
二人で手を繋ぎ、同じ空を眺める。麻衣の体温が伝わってきたのか、僕の体も不思議とぽかぽか温まってくる。その内に、沢山の星が夜空に降り始めた。流れては消え、消えては流れ。言葉もなく、ただその様子を繰り返し見守っていた。時折、握られた手にぎゅっと力が込められる。
暫くして、麻衣が僕の耳元で囁いた。
「賢ちゃん、頑張って願い事言ってみない? 何だか叶えてくれそうな気がする」
「やってみよう。きっと叶えられる」
僕は微笑みながら何度も頷く。麻衣も笑っていた。目と目を見つめ合い、繋がれた手を離さないように握り直してもう一度空を見上げる。
ずっと一緒に居られますように。
僕は強い願いを胸に抱いて、流れる星の軌跡を追った。