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始まり

世界征服をたくらんだ魔王は倒された。勇者とその仲間たちによって。

大の字に倒れこめば青空が見える。

勇者ユリシーズは、女剣士シュリアーゼに向かって言った。

「シュリアーゼ。俺の嫁になってくれないか?」

その途端、シュリアーゼに胸倉をつかまれ思いっきりビンタされる。

「はぁあああ?どういう事っ??世界の果てまで飛ばしてやろうか。」

女神リリアもにっこり笑い、

「そうですわね。飛んでもらいましょうか。」

恐ろしい静寂が流れる…そんな晴れた昼下がりだった。


ユリシーズは貧しい農村で生まれた。

父は腕のいい大工だったが、小さい村では稼げない為、よく都に出稼ぎに行っていた。

その間、祖母と母は畑をし、家を守っていたのである。

ユリシーズはそんな家の一人息子として育った。

そんなユリシーズが12歳になった頃、粗末な床で寝ていたら夢を見た。

眩しい金色の光に包まれた、金色の女性が微笑んでいる。

そっと寝ているユリシーズの額に手を当てて。

「ユリシーズ、そなたは勇者として選ばれました。」

「え?俺が勇者?その前にお姉ちゃん、綺麗だなぁ。」

「わたくしの容姿などどうでもよいことです。力を授けましょう。」

ユリシーズの身体を起こすと女神は彼の両手をそっと握り締めれば、腕に銀色の腕輪が現れる。キラキラ光り、細かい彫り物が施された腕輪がユリシーズの両手首に輝いた。

「なんだ?これ??」

「これは勇者の腕輪です。貴方が願えば形をなんでも変えてくれますわ。例えば。」


剣と盾。

皿とフォーク

フライパンとフライ返し

椀とスプーン


「おおおおいっ、剣と盾はともかく、後半は一体全体っ??」

「こほん。でもこの腕輪をしていたら、盗んだと思われてしまいますわね…」

女性が念じれば腕輪はすっと消えた。

「見えなくても腕輪はちゃんと貴方の腕にあります。これを使って魔王を倒すのです。」

「俺がまおうを??ってその前にまおうってなんだ?」

女性はユリシーズの問いに笑って。

「そのうちに解ります。さぁ貴方の力を…遺憾なく発揮しなさい。いいですね。ユリシーズ。」

そういって女性は消えた。

遺憾なく発揮って言われても…何をどうすればよいのかさっぱり分からない。

首を傾げながら目を覚ましたユリシーズ。

「それにしてもあのお姉さん綺麗だったなぁ。女神様かな。」

祖父母と母と共に雑魚寝をしている部屋を見渡せば、家族は外で働きに出ているのか姿がみえない。

「しまった。寝坊しちまったかな。」

隣の部屋に行けば、いつものごとく粗末な飯が用意されていた。

今朝はジャガイモが二つである。

「芋が二つなんてラッキーっ。」

喜んでがつがつとふかしてある芋を食べる。冷めているが美味しかった。

畑に出れば母と祖父母が腰を曲げて麦を刈っている。

「おはよう。かーちゃん、じいちゃん、ばぁちゃん。」

「おはよう、ユリシーズ。」

「さぁ早く手伝っておくれ。」

持ってきた鎌をつかい麦の茎を刈る。古い鎌なので、あまり良く切れない。

それでも一生懸命、麦の茎を切っていると背後から声をかけられた。

「お手伝い?偉いわね。」

振り向いてみれば夢で見た女性が立っていた。

キラキラ光る麦畑と同じ、キラキラ光る金色の長い髪。白くて薄い白いドレス。紫色の水晶のような瞳。

「昨夜の姉ちゃんっ。」

「念じれば貴方の欲しい物に変化する…やってごらんなさい。」

「俺は今は鎌が欲しい。」

念じると右手首が輝いて、手に鎌を握っていた。

金色に輝く鎌。

それを使って麦を刈れば、スパスパと切れる。なんだか身体も軽くなったようだ。

「凄いっ。凄いよ。この鎌。」

「よかった。」

女性はほほ笑んで。

「私の名前はリリア。聖女リリアよ。あの教会に今日から住むことにしたの。」

指さした先には教会があるが…そこは古びて今にも壊れそうな教会。そこに人が住めるのか?

リリアは優しくユリシーズの頭を撫でて。

「後で遊びにいらっしゃい。」

そういって教会の方に歩いて行ってしまった。

ユリシーズはぽおおおおっとしながら。

「おおっと、仕事、終わらせないと。」

金色の鎌を使って麦を刈ったら、あっという間に母や祖父母の分まで刈り取る事が出来た。

母がユリシーズの頭を撫でて。

「その鎌、凄いわねえ。どうしたの?まさか盗んで。」

ユリシーズは首を振る。

「違うよ。これはっ。」

すううっと鎌は目の前で消えた。

祖父が。

「ジジの目が間違っていなければ、消えたような気がしたのじゃが。」

祖母が。

「確かに消えましたよう。じいさん。」

家族が首を傾げている。ユリシーズは。

「仕事終わったんだろ。俺、ちょっと行きたい所あるからさ。」

走って教会に向かった。

ハァハァと息を切らして、教会に着くと外見はお化け屋敷か何かかと思える位に、ボロボロである。荒れた庭を通り抜けて、きいいいと壊れかけている扉を開けば、中は綺麗な絨毯が引かれ、何もかも新品同様な装飾になっていた。

リリアが廊下の奥から現れて。

「さっそく遊びに来てくれたのね。」

「お姉さん。聖女さん?それとも…もしかして女神様?」

「そうね…。私は女神。この世に邪な欲望を持つ魔王が、人の世界を征服するのを阻止するために遣わされたの。」

「それで、俺が何が出来るんだ?勇者って。」

「貴方が魔王を倒すのです。そうしないとこの村も滅びてしまうのですよ。」

「ええええっ?母ちゃんもじいちゃんもばあちゃんもっ?それは嫌だ。」

「だったら私と共に修行をしましょう。毎日、午後、ここに通いなさい。良いですね。」

「でもっ・・俺、仕事しないと。畑手伝わないと。」

「それなら、夕方からでもいいわ。少しでも時間がある時に。」

「解った。」

リリアはユリシーズの言葉に満足げに微笑んで。

「ちょっと待っていて。」

奥に行ったリリアは小さな包みを持ってきて。

「はい。私が焼いたクッキーよ。」

「クッキー?」

「食べてみて。」

クッキーとやらを口にほおりこむ。

なんともいえない甘さが広がった。

「美味いっ。こんな美味いもん食ったことがない。」

「毎日、食べさせてあげるわ。だから必ず毎日来てね。」

ユリシーズは頷いた。

「うんうん。行く行く。必ず行くから。」


それから、ユリシーズは仕事が終わると、毎日、リリアのいる教会へ通うようになった。

リリアは字の読めなかったユリシーズに字を教え、腕輪で変化させて、剣や槍、弓等の武器の使い方を教え、実際に剣や槍を手に取り、手合わせもし、指導を施した。

そして必ず、クッキーや、ケーキとかの手作りのお菓子をお土産に持たせてくれて。

時にはやわらかい白いパンや滴る肉等の夕ご飯を御馳走してくれる事もあった。

リリアと過ごす時は楽しく、ユリシーズは幸せだった。

とある夜、外は雪が降っていて、暖かな暖炉の火にあたりながら、ユリシーズにリリアは本を読んであげていた。

リリアからはいつも良い香りがする。

リリアに顔を近づけて覗き込めば、ぺちっと額を叩かれた。

「ねぇ。俺、リリアの事、好きなんだけどさ。」

「残念ね…。女神は人と結ばれると力を失うのよ。それは嫌。だって、私にはやりたいことが沢山あるのよ。この力を使って救いたい。こぼれ出る命を少しでも。」

「わがまま言ってごめん。俺の言った事、忘れていいよ。」

リリアはユリシーズの初恋となった。しかし、その初恋は叶わぬ初恋。

胸のうちに封印した。


ユリシーズが15の歳になった頃から、村の近くでも魔物が出現するようになった。

悪質なゴブリンや、一角イノシシ等やってきて、村の農作物を荒らしたり、家畜を食い荒らしたりする。

剣や槍、弓の腕が上がってきているユリシーズは魔物を退治し、必死に村を守った。

勇者と名乗る強い少年がいると、いつの間にか近隣の村々にも噂になり、頼まれれば出来るだけ足を延ばして、魔物退治をした。

魔物を退治し、村人を守る姿を見て、自分の家族や何よりもリリアが喜んでくれる。

だからユリシーズは頑張った。


そして、17の歳になった時の事である。

都を魔王が姿を変えた黒龍が荒らしまわり、他にも配下の魔物たちが暴れまわっているという。リリアはユリシーズに向かって。

「さぁ、勇者。このままでは国が滅びてしまいます。都へ参りましょう。」

「そうだな。この日の為にリリアは俺を鍛えてくれてたんだ。」

都から戻ってきていた父と、そして母、祖父母に別れを言う。

「俺は都へ行き、魔王を倒します。」

母がぎゅっと抱きしめてくれた。

「ユリシーズ。必ず生きてかえってきておくれ。」

祖母が泣きながら。

「ババも待っているからね。」

父がぎゅううっとこぶしを握り締めて。

「頑張って来い。お前は俺の誇りだ。」

祖父が。

「ユリシーズ。わしゃ、早くひ孫が見たいのう。ぜひとも嫁を連れ帰っておくれ。」

皆、一斉に祖父を見る。

ユリシーズは思う。

確かに魔王を倒し、国を救うことも大事だけれども、祖父母にひ孫を見せてやりたい。

この家の一人息子として安心させてやりたいと。

「解ったよ。じいちゃん。必ず、嫁も見つけてくる。」


そしてリリアと共に都へ向かう。2日程歩けば着くはずだ。

行けば行く程、逃げてくる人の人数が増えていく。皆、都から逃げ出しているのだ。

「都へ行かないほうがいい。デカい龍や、魔物達の大軍が、都を荒らしまわっているぞ。」

「行ったら死んでしまうっ。やめた方がいい。」

口々に都へ向かおうとするユリシーズとリリアに忠告してくれる。

それでも、行かねばならないのだ。勇者だから。

やっと都に着いて木々の陰から街を見渡せば、魔物達が建物を壊し、街を破壊しまくっている。

空には巨大な黒龍が飛んでいた。

ユリシーズは腕輪から剣と盾を出現させる。

魔物達に突っ込んでいこうとすれば、リリアに止められる。

「魔王を倒せば、魔物達は逃げ出すわ。」

空を見上げれば巨大な龍が悠々と飛んでいるのだ。あんな巨大な龍をどうやって倒すというのだ。

「お前達は何者だ?」

ふいに声をかけられた。

体格の良い、剣を持ち、銀の甲冑をつけた金髪の女性に声を掛けられる。

「俺はユリシーズ。勇者だ。で、そちらは女神リリア。」

「おおおっ。貴方が噂になっていた少年勇者。そして女神様。私はこの国の王女、シュリアーゼと申すもの。あの黒龍を倒しに来てくれたのか?」

「そうだ。しかしあんな巨大な龍。どうやって倒せばいいのか。」

そこへ立派なあごひげを蓄え、シルクハットを被った一人の男が現れて。

「眉間を狙えばよいのです。」

皆、一斉にその人物を注目する。

リリアが睨みつけて。

「貴方は何者?人ではないわね。」

「さすが女神様。良くお分かりで。」

その人物がシルクハットを取れば、羊のような角が頭に生えている。

明らかに魔族だ。

ユリシーズもシュリアーゼも各々、武器を構える。

男は軽く礼をして。

「私の名は、ルシェル・フォルダン。あの空に居るお方にはことごとく手を焼いていましてな。我々、臣下はもう魔王様にはついていけぬと、愛想をつかしているのです。」

ユリシーズが疑問を口にする。

「それじゃあの大量の魔物はなんだ?」

「魔族と魔物は違います。魔族は魔物を操る事が出来る。魔王様は魔物を操り暴れていますが、我々臣下の魔族は、むしろ人と結びたい。そう考えているのです。その証拠に、隣国のマディニア国は如何です?まったく被害はないでしょう。」

シュリアーゼの国、アマルゼ王国は甚大な被害が出ている。周辺の国も被害が出始めている。

しかし、マディニア王国は被害が出ていない。それは何故だ?

ルシェルは三人に向かって。

「それは我々、魔王臣下の魔族はマディニア王国と秘密裏に繋がっているからですよ。むしろ、私は人と繋がり、互いを尊重し、利益を供給し合える関係で居たいと思っていましてね。しかし、ここの国は、神の信仰が篤い。アマルゼ国王は我々の話すら聞いては貰えない。結果仕方ないでしょう。利益のあるマディニア王国は魔王様の魔の手が伸びないように、我々が守る必要がある。」

シュリアーゼが怒る。

「だから。このあり様と言うのか?貴様の話は信用がおけぬ。」

リリアがシュリアーゼを宥めて。

「でも、このままでは、さらに被害が広がるわ。」

ユリシーズに向かって。

「私が援護します。出来るわね?ユリシーズ。」

「ああ、やってやるさ。」

シュリアーゼが剣を握り締めながら。

「私が囮になる。」

リリアが。

「シュリアーゼが魔王をひきつけたら、私が呪文で動きを封じるわ。」

ユリシーズの手の剣が輝く。

「よしっ。頼んだぞ。」

シュリアーゼが走り出す。空に向かって叫んだ。

「魔王っ。私はこの国の王女、シュリアーゼ。来るがいい。」

黒龍がぎろりと睨み、シュリアーゼに向かって突っ込んでくる。

そこへリリアが呪文を唱えれば、黒龍の周りが光のバリアで覆われた。動きが止まる。

「今よ。」

ユリシーズは高く飛んだ。

黒龍の眉間に剣を突き刺す。

― グアアアアアアアアアアっーーーーーーー -


地面に吸い込まれるように、黒龍は消えていく。

魔物達も我に返ったように、逃げ出した。


思ったより、あっけなく魔王を倒して、大の字に寝転がって空を眺める。

そして、「俺の嫁になってくれないか?」

シュリアーゼに結婚を申し込んだ。

だってじいちゃんが望んだ事だから。嫁見つけて来いってさ。


思いっきり、シュリアーゼにビンタされた。

そりゃそうだよな。俺、シュリアーゼの事、まったく知らないんだからさ。


リリアまで黒い笑みを浮かべている。

そして、今、空を飛んでいた。

真っ白な龍に乗って隣にはリリアがいる。


ユリシーズは恐る恐る下を見ながら。

「こんなんだったら、歩いて来なくてもこれに乗ってくりゃすぐ着いたんじゃね?…」

「こんな龍に乗って都に乗り込んだら、魔王に気づかれるでしょ。とりあえず村に帰りましょう。」

「で、リリアは少しは妬いてくれたのか?」

「突き落とされたいのかしら。女神は結婚できないの。さぁ行くわよ。」


嫁さんは見つかりそうもない。しかし、村にも帰れるしいいかなぁ。

何より、魔王を倒してリリアの期待に応えられたのが嬉しい。そう思うユリシーズであった。


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