解決
坂上の姿は部室棟に入ってすぐ見つかった。
明らかに焦点の合っていない目で、彼はとある教室の扉を眺めていたのだ。
長谷川はその教室に覚えがあった。あの案内してくれたとき、坂上が触れていたあの扉の教室だった。
「坂上先生!」
長谷川が大きな声で名前を呼ぶ。しかし、坂上は反応を示さない。
それどころか扉に手を伸ばし始めていた。
「わぉ、ちょっと呪われているね。あれぐらいなら何とか消せるけど、これ以上はヤバい」
「呪われてんのに何とかできんのか?」
「ちょっとぐらいはね! 長谷川先生はここにいてくれ!」
「あ、おい! 高橋!」
高橋は軽やかに坂上へと近づき、軽くジャンプして坂上の頬を思いっきり殴った。
「はっ? え、えぇ!? た、高橋! 何やってんだ!」
「ごめん長谷川先生! これ内緒でお願いするよ!」
そう言いながら高橋は受け身も取らず倒れた坂上にさらにのしかかり、今度は顎に一発。
坂上は微かに呻いた後、完全に気を失った。それを確認した高橋は、手で長谷川を呼ぶ。
長谷川はどういう顔をしていいかわからないまま二人に近づいた。
「いやお前マジで何してんだ!? 大問題だぞ」
「気を失わせた方が余計なことしないだろ。この方が安全だ。あとついでにこれも飲ませやすいし」
高橋が制服のポケットから取り出したのは小さな袋。
その中には紙を小さく丸めた、言い方は悪いがゴミみたいなものが入っていた。
「なんだそれ」
「札を飲みやすいように丸めたやつ。“一粒符”っていうんだ。実際に売ってたりするのとはちょっと違うけど」
高橋は意識がない坂上の口を無理やり開き、そこに一粒符を入れてペットボトルの水を飲ませた。
「アポトキシン4869を飲ませている気分になる」
「それ毒薬だろ」
某見た目は子供、頭脳は大人の推理アニメを持ち出すぐらいには余裕らしい高橋に長谷川は溜息なのか安堵の息なのかわからない空気を吐き出した。
「それ飲ませたらどうなるんだ?」
「多少の呪いなら消せる。即効性呪詛は何ともできないけど、遅効性呪詛だったら初期は呪いの力が弱い。だからすぐに対処すればまだ助けられるんだ。私の家だって無駄に代を重ねてないからね、解毒剤ぐらい作れるよ」
そう言う高橋の目には自分の家への強い誇りと自信が感じられ、長谷川はそんな高橋が眩しく見えた。
「でも、まだ終わりじゃない」
高橋はポケットからなにやら御守とお札を取り出し、それを長谷川に持たせた。
「長谷川先生、片手でこの御守とお札を握ってもう片方の手で坂上先生の手を握っていてくれるかい? この御守とお札を持っていれば一定時間は呪いの影響を受けないから、坂上先生と手を握って力を共有してくれ。大丈夫、長谷川先生がホモだとかいう噂は流さない」
「お前はどうやったらシリアスを続けてくれるんだ?」
「真面目な空気ってちょっと苦手なんだ」
そう言いながらも目は真剣なのが高橋の質の悪いところである。
長谷川は言われた通り片方の手で御守と札、もう片方の手で坂上の手を掴んだ。
それを見た高橋は頷き、そのまま立ち上がって呪われた元美術部部室の扉に手をかけた。
「……おい、高橋、まさか」
「そのまさかさ」
ガラリと勢いよく扉は開かれ、そのまま高橋は部室内に足を踏み入れた。
「高橋!」
「大丈夫だよ長谷川先生。私、瓢箪沼の呪いは効かないんだ」
「初耳だぞ⁉」
「そりゃ言ってないからね」
高橋は長谷川に見守られながら部室の中央まで歩みを進める。
そしてそこで立ち止まった。
「やぁ間宮先生、お久しぶりだね。イメチェンでもした?」
そこにかつての担任である間宮翔子がいたからだ。
しかしその姿は生前の明るく可愛らしい間宮とは程遠く、血で全身が赤く染まった禍々しいものへと変わり果てていた。
イメチェンの範疇を超えている。
間宮は血を流している口を動かし、何事かを言っている。
しかしそれは高橋の耳には聞こえなかった。
「た、高橋⁉ なんか声が聞こえるが、そこに間宮先生がいるのか!?」
「やっぱり長谷川先生は聞こえるのか。ここに来ての新事実。私は耳の方は良くないらしい」
大発見だな、と乾いた笑いを零す高橋は、長谷川に間宮の言葉を教えてほしいと頼む。
高橋の己への疑惑は長谷川が男子トイレの笑い声のことを訴えかけてきた時から始まっていた。
その男子トイレには元々男性教諭の幽霊がいたのを高橋は知っていたが、笑い声など一度も聞いたことがなかったのだ。
しかし、聞こえないものは仕方がない。
長谷川も高橋に間宮の声が聞こえないと分かると、震えながらもその小さな声に耳を傾けた。
「高橋、間宮先生が坂上先生を返してって言ってるぞ」
「いや返すも何も坂上先生は間宮先生のものじゃないけどね。仮に返したらどうするんだい?」
「殺してずっとここで一緒に暮らすってさ。おい高橋、俺もう泣きそうなんだが」
「長谷川先生、もうちょっと頑張ってくれ。間宮先生、両思いだったなら死ぬ前に坂上先生に教えてあげてくれよ。それに好きだからって殺して良いわけじゃない。わかるだろ?」
「……坂上先生の魂がほしいそうだ」
「わかった。話が通じないってことだね。できれば愛の力とかで成仏してくれないかと思ったんだけど、やはり呪いの一部になっているから無理か」
肩を竦めてため息をつく高橋は、間宮の説得を諦め部室の角にそれぞれ札を貼った。
「その札は?」
「簡単に言うと防音の札ってところかな。間宮先生の声がもしかしたら坂上先生以外の人にも影響を及ぼすかもしれないし、声が聞こえないようにする」
札を貼り終えた高橋は、もう間宮を見ることなく、そのまま部室を出て扉を閉めた。
「とりあえず、今はこれしかできないね。坂上先生も助けたことだし、帰ろうか」
坂上の救出は、案外あっさりと幕を閉じた。




