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ひょうたん沼鬼譚  作者: キスナ
6/8

露見

「やぁ、ちゃんと逃げ出さずに来たね」

「お前は俺のことなんだと思ってるんだ?」

「泣き虫なビビり」

「そんなこと言われたの小学校低学年以来だぞ……」


日が落ちるのも早くなり、すでに暗闇が迫ってきている放課後。

長谷川は高橋の言葉に従いオカルト研究部の部室に来ていた。


泣き虫のビビりなどと評された長谷川は、先日の半泣きでこの部室に飛び込んでしまったこともあり文句を言えない。

そもそも彼自身、ここに来てからどうも随分とビビりになってしまっていることを自覚していた。

生徒たちから大人の色気があって素敵と言われている人と同一人物とは思えないね、と高橋に笑われたのも記憶に新しい。項垂れるしかない。


「私は長谷川先生が泣き虫でもビビりでも何でもいいんだけどね。まぁそこに座ってくれ。お茶でも出そう」


そういってコーヒーメーカーのボタンを押す高橋の姿はもはや見慣れたものである。


オカルト研究部の部室は元が教室だったとは思えないほど見事に普通の部屋になっていた。

ソファにテーブル、本棚、パソコンにクローゼットまで置いてある。

初めて見た時は私物化しすぎではないかと長谷川は顔を引き攣らせたが、通いだすとなんとも居心地がいい。

長谷川は恐らく他校の教師が見たら怒り狂うだろうこの部室のことを黙認した。


「それで、何をするんだ?」


猫舌らしく、コーヒーに息を吹きかけて冷ましながらちびちびと飲む高橋に長谷川は問いかける。


「そうだね。まず、結論から言おう。坂上先生が呪われかけている。その原因を確かめたいんだ」


高橋の言葉に長谷川は目を見開いた。


「坂上先生が呪われかけてるって、どういうことだ?」

「……私も見たことがないパターンでよくわかっていないんだけど、呪いが坂上先生自ら呪われた場所に来るようおびき寄せているみたいなんだ。まるでラフレシアが匂いで獲物を誘っているようにね」


実は坂上の様子のおかしさは長谷川がここに赴任する少し前から始まっていた。

授業中にぼーっとしたり、ちょっとしたミスを連発したり、だがこの学校のほとんどの人がその理由に心当たりがあった。

ゆえに誰も気にしていなかったのだが、最近になってどうもそれが原因ではないと発覚したのだ。


「私たちは、坂上先生の様子のおかしさは間宮先生がいなくなったからだと思っていたんだけど……」

「間宮先生?」


 初めて聞く名前に長谷川は首を傾げた。この学校にはいない名前である。


「そう、間宮 翔子(まみや しょうこ)先生。長谷川先生が来る前にいた、私たちの元担任の先生だよ。坂上先生、彼女に惚れていたんだ」


高橋曰く、間宮は特別かわいいという訳ではないが明るくて生徒思いで、まるで花が咲くように笑う可愛らしい先生だったという。

坂上はその笑顔に一目惚れしたらしく、学校中の誰もがその恋愛事情を知っていた。

生徒から人気の教師同士の恋愛に特に恋バナ大好きな女子高生が盛り上がり、学校中は応援ムードだったらしい。


「でも、そんな坂上先生の恋は突然終わりを迎えた」

「あぁ、そうか。間宮先生は教員を続けられなくなってこの学校を辞めたんだもんな。だから坂上先生は落ち込んで様子がおかしかったってことか?」

「あぁ……君は間宮先生がいなくなった理由、そう説明受けていたんだね。まぁそりゃそうか。言えないよな、こんなこと」

「……その言い方から察するに、本当の理由はよくないことらしいな」

「まぁね。間宮先生がいなくなったのは教員を続けられなくなったからであっているよ。続けられるはずがない。だって彼女、この学校で死んだんだから」


予想の倍以上に良くない理由である。長谷川は思わず天を仰いだ。


「間宮先生は長谷川先生と同じ外から来た先生だった。先生は知っているだろけど、ここの人は呪いのことを外から来た人に話すのを嫌がる。間宮先生に対しても、瓢箪沼の呪いのことは伏せられていた。彼女、心霊系が大の苦手らしくてね。下手に怖がらせるのも悪いから私もそれに従ってたんだ。今思えば、私の判断ミスだ。何が何でも私は瓢箪沼のことを説明すべきだった。そうしていたら、きっと、今頃……」


高橋は何かを言いかけ、そしてそれをかき消すかのように頭を横に振った。


「いや、過ぎたことを言うのはよそう。とにかく、間宮先生もこの学校の注意事項を守りながら穏やかに教師をしていたよ。彼女はまったく霊感もなかったから、長谷川先生みたいに変な現象に遭遇して泣くこともなかった。だからこの学校の全員、気を抜いてしまったんだ。いつもならたとえ地元民でもお互いに注意しあい、外から来た人なんて特に目を離さない私たちが、ふらっと目を離した。その時、彼女は立ち入り禁止の場所に立ち入ってしまったんだ」


間宮が立ち入った場所は美術部の元の部室だった。

美術部の顧問を務めていた間宮は、部員が足りないと嘆いていたイーゼルが元の部室だったそこにないか探しに来たらしい。

その場が呪われた場所であるなんて思ってもいない彼女は立ち入り禁止という文字を見ながらも、躊躇することなく入ってしまったのだ。


「彼女が入ったあの部屋はこの学校の中でも厄介なところで、その部室に入ることが条件になる即効性呪詛だった。彼女がそこ入ってしまったと分かった時には、もう遅かった」


高橋はすこし冷めたコーヒーを飲む。その時のことを思い出したのだろう、少し顔色が悪かった。


「あの部室では六年前、呪われた美術部員がパレットナイフで自分の目玉を突き刺して自殺している。そしてそのまま呪いとして残ったその美術部員は、入って来た人を自分と同じように殺すんだ」


つまりは、間宮はパレットナイフで目玉を突き刺されて死んだということだ。

あまりにも惨い殺され方に長谷川は胃からせりあがってくるものを感じ、慌ててコーヒーでそれを飲み込んだ。


「大丈夫かい? 気分のいい話じゃないだろ」

「俺は大丈夫だが……高橋は大丈夫か?」

「私は慣れているからね。今更さ」


その言葉に長谷川は無性に泣きたくなった。


そんなものは慣れていいものではない。人の死に慣れるなんて、あってはいけない。


しかしこの特殊な状況下に置かれている高橋にそんなことを口に出せるはずもなく、長谷川は少し俯いて下唇を噛み締めた。

そんな長谷川の様子に気づかない高橋は話を進める。


「こんな事件があったことだし、私たちは坂上先生の様子がおかしいのも納得だった。というか何人かは精神を病むのではとまで心配していたぐらいだったから、むしろちょっと様子がおかしい程度で済んでいることに安心していたんだ。でも最近になって、何人かの生徒から相談を受けた。坂上先生がどうも部室棟の方をしきりに気にしている。しかもどの部活の顧問でもないのに幾度となく部室棟に足を運んでいるってね」


今日部室に訪れていた先輩もそのことについて話をしに来てくれたのだと高橋は言った。


ふと、長谷川はこの学校に訪れた初日のことを思い出す。

たしかに坂上は部室棟にはあまり来たことがないと言っていた。そんな坂上が突然用もないはずの部室棟に足を運ぶなんておかしな話である。


「……実は二か月ほど前に、問題の元美術部部室から微かに女の声が聞こえてくるという報告を霊感のある生徒から受けていたんだ。その声が、間宮先生に似てるって話もね。あの日、私が誰もいない部室棟にいたのはその声を調査するためだったってわけさ」


あの日、というのは長谷川と高橋が初めて出会った時のことだろう。

高橋はその声が本当に間宮のものなのか、それともどこかの部活の部員が話す声なのかを判別するべく、誰も生徒がいない時を狙って部室棟に足を運んでいたのだ。


「それは……邪魔して悪かったな」

「いや、別にいいよ。もう確認終わった後だったし。たしかにあそこの呪いは間宮先生が死んだことでより黒々としていたけど、相変わらずあそこにいたのは最初に犠牲になった美術部員だけだった。声も聞こえなかったから、他の女子生徒の声だとばかり思っていたんだけど……」


この結果からして、どうやらまた間違えたみたいだ。


がっくりと項垂れた高橋はどうやら分かりづらく落ち込んでいるらしい。


「間宮先生はあの場所にいる。そして聞こえたという声も間宮先生のものだ。あの呪い、間宮先生の声を使って坂上先生が自ら殺されに来てくれるよう徐々に洗脳していたんだ」

「洗脳? 呪いはそんなことまでできんのかよ」

「今まではできなかったよ。いや、過去にしたか。あの小学校で死者十五人をだした事件の犯人は瓢箪沼の呪いによる洗脳で気が狂っていたからね。でも、今回のものとは少し違う。なにせ坂上先生はまだ呪われていない。呪われていないのに精神を支配されている。呪いが成長しているんだよ」


呪いの成長。それはとてつもなく喜ばしくない。なにせ人が死ぬ可能性が高まっただけである。

厄介なものがさらに厄介になったのだ。高橋はもう頭を抱えていた。


「だ、大丈夫か?」

「大丈夫じゃないよ、報告書を書かないと。なんでまだ成長するんだ。健やかすぎる」


その苦労感漂う姿はもはや会社に勤める社会人のそれだ。

長谷川は今度甘いものでも買ってこようと思った。


 その時、ふと高橋が窓の外を見て、「来たみたいだ」と呟いた。


「来た? 誰がどこに?」

「坂上先生が、部室棟に」


この部室からは部室棟である旧校舎は見えないはずだが、どうしてわかったのだろうか。


長谷川は不思議そうに首を傾げながら高橋を見る。その無言の疑問を受け取り、高橋は説明をした。


「部室棟の入り口に糸を張ったんだよ。ちょっとした術を使って、誰かが通ったら分かるような見えない糸をね。今日は私が校長に訳を話して生徒も教師も全員、授業が終わったらすぐ帰ってもらえるようにしたんだ」


なるほど、どおりで異様に静かなわけである。


長谷川は今やっと、この学校が静寂に包まれていることに気づいた。


「坂上先生もちゃんと帰っているはずなんだけど、やっぱり戻って来たみたいだね。さぁ、私たちも向かおう。坂上先生を助けないと」

「え? 俺も?」

「なんのために呼んだと思ってるんだい。コーヒー飲んだ分は手伝ってくれ」


手に持つマグカップを見下ろし、次いで高橋を見上げる。


詐欺だ。そんな言葉が長谷川の脳味噌に浮かんだ。

しかし生徒が今から危険な場所に行くというのに教師である自分が行かないなんて教師としての精神が許さない。


長谷川は恐怖で泣きそうになりながらも、その恐怖心を押し込んでソファから立ち上がった。


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