ショートコメディ『嫌井くん』
屋上。
こんなころに呼び出しておいて、なにをグズグズしているのだ。私は、勇気を振り絞って、彼に本当の気持ちを伝えるために、喉を震わせて、発声した。
「わ、私、嫌井くんのことが、好き!」
「〇〇、俺は、お前のことが嫌いだ」
「ひどい!」
「もう一度言う。俺は、お前のことが大嫌いだ」
もう一度言えてない! 大嫌いになってる!
私は、悲しい気持ちと共に『ぶっ殺す!』というどす黒い感情が合わさって、わけがわからなくなった。いや、殺さないけれど。そんなの冗談に決まってるじゃないか。
そんなことを思っていると、彼は、死神でも見るような目で(どんな目だ)私の方を向いた。険しい、この世のものとは思えない顔になってるぞ。せっかくにイケメンが台無しだ。その顔のまま、死ね。
「悪い。やっぱり、俺は、お前のこと、す」
「す?」
おや。これは、どうしたことだろう。彼の形相が険しいと思ったら、私になにかを、告白しようとしているみたいじゃないか。ほら、どうしたんだい。聞いてあげるから、もっと、はっきり大きな声で言いな?
「す、す、。す、すすうう」
「……」
すごい嫌そうな顔で、すを言ってる。この男は、どうしたんだ。もしかして、嫌井くんは、好きという単語を喋ってしまうと、心身に深刻なダメージを負ってしまうのだろうか。かわいそうに。
「お、俺は、まだ、死にたく、ない。殺されたくないんだ」
「なにを自明のことを言ってるの?」
殺すに決まってるじゃない。犯行時刻は、もう決定済みなのに。もしかして、まだ、自分が死なないとでも思っているのだろうか。お前は、もう、死んでいるようなものだよ?
「ひ、ひぃぃ」
「……」
もしかして、私はまた、独り言が大きくなってしまったのだろうか。あまりにも、こちらの心情が相手に伝わり過ぎているような気がしてならない。あれ、なんで私、嫌井くんを殺そうとしているんだ。私、嫌井くんのことが好きなのに。
でも、好きって言ったのに、嫌いって返されてしまったからなあ。なんというか、ある意味、清々しいくらいにはっきりと言われたな。ん、いや、まだ、肝心なことを訊いていない。
好きも嫌いも表裏一体であるならば、嫌いも、好きかもしれないじゃあないか。私だって、まだ、完全に終わったわけじゃない。
私は、嫌井くんに問いただした。
「私と、付き合ってくれる?」
「断る。俺は、お前のことが、嫌いだ」
「え。今なんて?」
「もう一度言う。俺は、お前のことが、大嫌いだ」
ぶっころ。
と、そのあと彼の消息が不明になったのは言うまでもない(言ったが)。めでたし。めでたし。