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人間洗浄器

作者: 真見夢 明朗

夢で見た内容をキャラ付けして短編化しました。

「知り合いの心理士が亡くなって、自分の遺品を整理して欲しいと言われてね」


 トミーさんは人の遺品整理なんかより、よほど自分の仕事場を整理することに集中するべきなんじゃないかしら。

 トミーさんはぼりぼりと頭を掻きむしりながら右手でありしころのお知り合いであるJさんの写真を見せてくれた。

 私は六畳の居室を右から左に歩いて積みあがった本を積みなおしているというのに。


 見習い探偵としてトミーさんの事務所に転がり込んでからもう一年が過ぎる。

 去年の冬の時期だっけか、無理なお願いを聞いてもらってしまって。

 トミーさんの事務所は最初訪れた時から暖房の温度が1度下がった。


   ◇◇◇


 白のベンツで首都高速に乗った。

 そこから30分としないうちにJさんの住んでいたという団地にたどり着く。

 トミーさんは中背でおなかがぼよんぼよんに弛んでいた。

 しなしなのワイシャツを着て、紅色にウサギの刺繍のしてあるネクタイを締めていた。

 顔にはニキビ跡に見えるメラニンの沈着があるし、お世辞にもかっこいい男性とは言えない。


 団地の八階の一室がJさんの住まいだったという。

 長い廊下はクリーム色に塗られていて、乾いていた。


「奥の部屋だね」


 突き当りの避難階段のある一つ手前の部屋。

 トミーさんはズボンのポケットからたくさんのキーの連なったホルダーを出してきて、じゃらじゃらと音をたてながら部屋の合鍵を探した。

 あったと人息をついて鍵穴にキーを入れ、カチッと扉を開いた。


 昼前だというのに遮光カーテンを閉め切っているのか室内一帯が夜のように暗い。

 靴を脱ごうとすると玄関先からコンビニのレジ袋やら傘の壊れたのやら熊の置物やら、めちゃくちゃに散らばっていることが分かった。


「靴脱がなくてもいいよ。

 他人の家に土足で入り込むなんてあんまり褒められたことではないけどね」


 トミーさんはそういうから私はそのまま部屋に上がり込んだ。


 狭い廊下を挟んで左側の部屋が寝室、右側が風呂場やトイレがある作りだ。

 先にはリビングがつながっているようで、かすかに外の光が漏れてきている。

 トミーさんと私は薄明かりを頼りにしながら進んだ。


「ありゃー、電気止められちゃってるのかよあいつ……」


 トミーさんがカチカチと照明のスイッチをばたつかせるが、室内に電気がつく様子はない。

 私はリビングのパソコンが置かれているテーブルの上に怪しげな赤と青を放つ球体を見つけた。

 大きなスイカ一つ分くらいあるその物体に興味がそそられて、私はそれに触れた。


「レイくん!!!」


 Jさんの書斎に入ろうとノブに手をかけていたトミーさんが崩れ落ちた私に駆け寄ってきていた。

 背中と頭の裏を軽く打ち付けたみたいでした。


 変な心地がするのです。

 この一室全体を重苦しい霧が立ち込めているような感じがします。

 それに大小さまざまなバランスボールが転がっているかのように見えるのです。

 赤い大玉、青い小玉、緑の中玉、黄色の中玉が黒い大玉の中に入っている玉。

 首を傾けてみるとすぐ目の前ににも子供くらいのサイズのボールが転がっていました。


「早くシャ……ルー……連れて………いと」


   ◇◇◇


「あいてるんだねー」


 Jの住まいに私の友達のマイとサトコが来ていました。

 彼らも探偵見習でトミーさんの事務所に遊びに来ている。

 今日、私とトミーさんがここにいることを知っていて電車でやってきたのだ。


「やっほー、レイいるー?」


 玄関先から恐る恐る二人は部屋に顔を突っ込む。

 真っ暗な部屋の中からしゃーっと浴室からシャワーが流れている音が聞こえる。


「なんかこの家水出しっぱなしになってるんじゃないの?」


 半開きの扉を大きく開けて二人は入り込んでくる。


「トミーさん?

 レイ?

 いますかー?」


 一泊を置いてから近くから声が聞こえる。


「いますよ」


 レイの声であるが何やら抑揚を感じられない。


「なんだー、脅かさないでよレイ……」


 ゆっくりと歩いてくるレイは二人を見るとかすかに微笑んで中に入るように伝えた。

 二人を寝室の部屋に連れて入ると、そこには大きなコウモリが三体天井からぶら下がっていることが分かる。

 トミーさんはどうしたのかと尋ねると今Jさんの書斎で郷愁に浸りながらものを整理しているという。


 マイもサトコもその光景が尋常なものではないことはすでに勘付いていた。

 真っ暗な部屋の中でもレイの瞳は猫の瞳のようにはっきりと見開いて二人を見つめていることが分かる。

 そして寝室にはベッドの枕元に黄色に輝く光の玉が一つ、そして箪笥の上に緑色に輝く光の玉が一つ確認できる。


「レイ、なんか怖いよ」


 マイがとっさに引きながら言う。


「そんなことないですよ」


 レイは頬を引きつらせたままそう答える。


 サトコはコウモリをよけるようにしてそろそろと歩みを進め、ベッドの上の緑の輝く球体に触れた。


   ◇◇◇


 名家の長女として生まれた私の幼いころは、華族出身の父と平民の母の間には夫婦喧嘩が絶えない暮らしだった。

 ある日父は「お母さんとは別々に暮らすことになった」と伝えて家を出てしまった。

 私に残されたのは大きなおうちとハンカチで拭いながら泣き崩れる母の姿。


 サトコは目を覚ました。


「気が付いた、サトコ!」


 マイは突然倒れてしまった友人が横たわるベッドの隣で膝をつき、サトコの顔にのぞき込んでいた。

 レイはこれまで何事もなかったかのようにマイの隣に立ち尽くし、時折コウモリのほうに視線をやっていた。


 サトコはおもむろに身体を起こした。


「Jさんには奥さんがいて二人の家政婦さんが住み込みで働いていたの」


 マイは彼女が何を言い出したのか理解できなかった。


「サトコ!

 どうしたの」


 サトコはうつろな目で箪笥のヘリを見つめた。


「もう、私は見てはいけないのね……」


 マイはサトコの眼の先に緑に輝きを見せるそれの存在を知っていた。

 マイはサトコが他の色のそれを触って倒れたのを知っていた。


 触ってはいけないと思った。

 マイは逃げ出した。

 悲鳴も上げることは出来なかった。


 足が滑る。

 廊下が水浸しだったのだ。

 マイはよろめきながら狭い廊下の壁に手をついて体制を立て直す。

 そのとき、マイの腕が風呂場の扉を押した。


 目を疑ったがそこには上半身を脱いだトミーさんがぼんやりと鏡を見ながら直立している姿が目に付いた。

 シャワーの水は流れるままになっており透明な液体がトミーさんの身体を伝って隅のように黒く染まっていることに気づく。

 排水溝には毛むくじゃらの人の毛が山のようになっていてこれでは水が流れていくはずもない。


 マイは仰天して反対側の壁に飛びのいていた。

 そしてぴちゃぴちゃと跳ねる真っ黒の飛沫が口元を濡らした。


   ◇◇◇


「Jが僕のところに訪ねてくるなんてめずらしいな」

「お茶は出さなくて結構だよ。

 来る前に喫茶店によってクラッカーとコーヒーを入れてしまったもんでね。

 積もる話もあるが、その話はあとにしたい。

 実は僕が亡くなったときに我が家にある遺品を秘密に持ち帰ってほしくてね」

「なんだか深刻な話のようだね。

 ご親族の許可なくやっていい類のことだろうか、それとも許可なくやってほしい類のことだろうか」

「両方だね。

 前に一度話したことがあったと思うけど私は仕事柄婦人方のトラブルに関わることが多くてね」

「それお宅のご婦人たちのことじゃなくて?」

「それなんだよ、相変わらず勘が鋭いね君は」


 まあなんだ、過去にとらわれている人間っていうのを救えるマシーンを裏ルートから手に入れたわけよ。

 その名も『ウォッシング・マシーン』、設備費用はたったの百万。

 これ使うだけでクライアントの過去をすべてさっぱり水に洗い流してくれるっていう優れものだ。

 それに洗い流したエキスはそれを俺が摂取するだけで悩みの真相をあますことなく知れちゃうときてる。

 いやーこの機械は心理士業にとっては今後マスト・アイテムといっても過言ではないね。


 ただこの出てきたエキスというのが問題でね。

 何分、たくさんのクライアントから洗い流した分が家にたんまりと保管してあるんだ。

 僕らの業界では『守秘義務』っていうのがあるからそういうクライアントの悩みを他人に簡単にバラしちゃいけないわけ。

 機械の業者に聞いたらエキスを人から見えなくするっていうポリ袋を売りつけられて、そっちのほうでガッポリふんだくるっていう商売でこりゃ一杯食わされた。


 ただいずれにせよ俺が亡くなってしまったらそのゴミを廃棄するあてがないから、信頼できるお前に引き取ってもらいたいんだよ。


「身辺整理してたら捨てるに捨てられないものが出てきたわけだよ」

「自分のものは、自分では捨てられないからな」

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